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第五十七話 ミスズさん、さようなら。
ミスズが消えたところに歩み寄り、残された持ち物を拾い上げる。
「これ、ミスズさんの…遺品じゃないよな。なんだろう」
しんみりとした気分でそれを見つめていたが、はっと思いついた。
「…そうだ、忘れ物。これ使ってやればミスズさんも喜ぶと思うぞ」
「は、はい…」
喜ぼうが喜ぶまいが、全裸のアリアに事実上選択肢はなかった。
アリアが装備を着けている間、俺は砕けた剣の破片と宝石を捜した。
刀身の金属を三分の二程度と、穴の空いた柄、黒い宝石を発見した。元の性能には程遠いかもしれないが、壊れたからといって、国宝を放置して帰るわけにはいかない。
次に玉座周辺を探り、アレクスの剣と鎧らしきもの、いくつかのお宝ぽい武器やアイテムを見つけた。と言っても、粗方溶けていたが。
「ここに残して行ったって、泥棒やら悪党、魔物に使われるだろうし、碌なことにならんだろうな。うん」
自分に言い聞かせるように呟く。
実際、国の倉庫に入れてもいいし、何かに造り直してもいいし、持ち主に返してもいい。
懐に入れてもいいし、売り払ったところで、この世界の法律には反しない。しかし、ここに残していくのだけは有り得ないだろう。
結局俺は、武器はアプリ穴の多いもの、使い方の分からないいくつかのアイテム、値打ちの高いアプリ、溶けた鎧の塊、金貨などを見繕って宝愛袋に入れた。
帰りはアリアを抱えて、蠱龍に身を預けねばならない。俺ひとりだけでも重いのに、いくら宝愛袋に入れれば体積が十分の一になると言っても、欲張りすぎると蠱龍は飛べなくなってしまうだろう。
『そう言えば、重さは何分の一になるんだ…?』
頭の中で問いかけたが、もう、その問いに応えるものはいない。
「シオン様、準備できました」
呼ばれて振り向くと、ミスズのローブを着たアリアが立っていた。
小柄だったミスズよりも更に小さくなったため、革長靴は足に布切れを巻いて、なんとか脱げないように細工をしたが、外套は足元が地面を擦りそうになっている。
「よし、じゃあ帰るか。ここは空気が悪い」
魑魅割で臭いやガスに対する抵抗力は上がって、臭いも感じなくなっているが、吸っているという事実自体が嫌だ。臭わないオナラでもオナラはオナラ、みたいなものだ。
「あ、はい…」
ぎこちなく笑ったアリアが、“やれやれ”とでも言いたそうなポーズを取っていたが、俺には意味が分からなかった。
『ミスズさん、さようなら。…元気でな』
ミスズが消えた辺りで立ち止まり、俺は心の中で別れを告げた。
玉座の間にはイレギュラーな方法で入ったので、出られるかどうか心配だったが、普通に入り口から出られた。
薄暗い迷宮を、ただひたすら上へ上へ。ミスズのナビ能力がなくなったため闇雲に進んでいたところ、意外と早く、赤い石で床を打ち抜いた場所に出た。
「ここまで来れば、行きと逆に辿ればいいわけですね」
「あぁ、助かったな」
実質的な人数が減って戦力が低下していたが、襲ってくるのは卑小な野良バケモノのみだったので、たいした時間はかからなかった。
なので蠱龍は背負ったままだ。
「…しかし、なんでアリアはそんなことになったんだ?」
完全に倒したと思った敵が、消えてしまった味方を宿して蘇生した。それを疑問に思うのは至極当然だろう。
「言語化されていないので正確ではありませんが、この身体に残されていた記憶で、魔女は数百年前に何らかの呪いをかけられ、死ねない身体になってしまったようです」
「死ねない?」
「はい。死にたいと思っても、死んだ瞬間に魂が最も近い人間に乗り移ってしまったために、死ぬことができなかったのだと…」
という事は、今のアリアの身体は、魔女とは縁もゆかりもない、ただの聖森人のサラということか。
「つまり、今までの討伐隊も、あの金髪の勇者アレクスたちも、魔女を殺したとたんに乗り移られてしまったと…」
そこまで言ったとき、俺は、魔女を倒した瞬間に現れた女を思い出した。
「そうか、あの時の女、あれが魔女の真の姿なのか!」
「そうです。大人数の場合には相打ちになって、最後に生き残ったものが新しい魔女の身体となり、残りは動死体にされたようです」
パーティ構成によっては、魔女は男だったときもあるのだろうか。まぁ中世ヨーロッパの魔女裁判は、男女関係なしだしな。
勇者以前の探索者も、いったんは魔女を倒すに至っていたというのが驚きだったが、ミスズがいてもあれほど苦労したのは、恐らく、俺たちのパーティが、魔法に偏った歪なパーティだったからだろう。
「そこにやってきたのが、アリアを宿した俺とミスズさんか」
「ミスズ様は身体ごと消えてしまわれたし、シオン様の身体には私が宿っていました。シオン様の身体に乗り移ろうとした魔女は、私に阻まれたせいで果たせずに、虚空を彷徨った末に消滅しました」
なるほど。それで得心がいった。
魔女も、よもや魔法偏重のパーティがやってきて、バカスカ魔法比べになって、あまつさえ敗れるとは思っていなかっただろう。
もしかしたら、戦士系が数人居れば意外と簡単だったのかもしれないが、その後確実に地獄が始まるため、正解とはいえない。結局は俺たちのパーティが最適解だった、ということになるのか。
「それで、めでたく死ぬことができた、ということか。…なるほど、手下が動死体ばかりだったのは、そのせいだろうな」
「…と申しますと?」
「だってそうじゃないか。魔女は死にたくて、俺たちみたいな乗り移りができない刺客を待っていたのだろう? 生きた人間を手下にすると、万が一そいつが生き残った場合、目的を果たすのが面倒になる」
「ああ、確かに、そうですね。私たちが配下を皆殺しにすること、という前提が必要になります」
「そういうことだ。だから間違っても乗り移ることのない、元々死んでいる動死体ばかりを手下にしていたわけだな」
物陰から襲ってきた獣型のモンスターを、一刀の元に切り捨てる。
「俺たちの直前に乗っ取られたのが、例の若い聖森人ということか」
「はい、そういうことみたいです。私がこの身体に入ったとき、この身体の元の持ち主の意識は、まったく残っていませんでしたが、魔女の気配は残っていました。…“だまされた”と“ありがとう”と、そう言っているように感じられました」
この身体の持ち主サラは、完全に消えてしまったのか。可哀想ではあるが、俺たちにはどうしようもない。
「感謝の気配か。それは…それで良かったんだろうな。騙されたというのが、よく分からんが」
「騙されて呪いを受けたということでしょうか?」
「順当に考えればそうなんだろうが。…あぁ、なんだか凄くモヤモヤするが、色々と片付いたってことでいいんだよな?」
魔女に乗り移られた若い聖森人の魂は、完全に上書きされて消滅し、その身体は俺が粉々に破壊した。
その瞬間、魔女の魂は身体を捨てたが、行き先が無くて消滅。
聖森人の死体は頭が無傷だったので、そこに死んだばかりの身体なら蘇生できるアリアが入って、聖森人の身体は復活した。
言葉にすれば簡単だが、とんでもない偶然で成り立っている。
確かなのは、異世界人ミスズと名も知らぬ魔女。
ふたりの大魔法使いが、本人たちの望んだ場所に向かい、この世界から去ったということ。それは喜ぶべきことのはずなのだ。
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