第五十八話 俺の、相棒になってくれないか?

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第五十八話 俺の、相棒になってくれないか?

「…しかし、なんだ。ギリギリの勝利と言うか、”最終的にパーティが、乗り移りてきない者だけになる”なんて酷い勝利条件、普通は満たすの不可能だぞ?」 「ですから“異世界の人”を頼ったのでしょうね。“頭に他人を宿した者”なんて、普通は居ませんから」  そんなヤツ、俺の世界にだって普通は居ない。  仮に、動物とかロボットなど、人間以外のものに倒しに行かせたらどうなったのだろう? そいつらは無視して、やはり一番近い人間の所に乗り移りに行くのだろうか?  「だが、殺すと乗り移られる敵なんて、そうは居ないだろう? そんな敵が居たら、記録に残るはずだろうし。俺より前の召還者は、何のために呼ばれたんだろう?」  アリアは少し考える素振りをして、すぐにこちらに顔を向けた。 「恐らく、純粋な戦力として望まれたのだと思います。もうひとりの勇者のような異世界人の、この世界の理に縛られない“爆発力”のようなものが必要とされたのでしょう」  もうひとりの勇者とは、アレクスのことだろう。 「理外の爆発力か…」  確かにミスズも、規格外の魔法使いだったなと得心した。魔女があんな仕様でなく、只の死人使いだったなら、ミスズの爆発力で簡単に倒せていたかもしれない。  アレクス本人の実力は推測するしかないが、恐らくアレクス隊もそうだったろうし、俺の出番はなかったはずだ。 「今回、私がシオン様の世界に飛ばされたのも、シオン様の頭の中に宿ったのも、恐らく偶然なのです。儀式の最中に騒動が起きて、ふたつの転移装置の座標同期が狂い、本来飛ばされるべき場所ではないところに…」 「そうだろうな。本来なら、俺なんかに回ってくるお鉢じゃないし、やり遂げられるはずもない。すべてはこの世界にミスズさんが居たからだ。やっぱり勇者はミスズさんだ…」 「そうですね…」  納得しかけたアリアが、慌てて付け加える。 「いえ、あの! シオン様の功績も比類なき物で…!」 「はは、ありがとう」  何かと実力不足を感じるが、今回の敵に限っては、俺でなければ倒せなかった。少しは自分を褒めてもいいと思った。  主を失った洞窟に、ふたりの足音だけが響く。  「帰ったら大神官も大変だな。死んだはずの娘が、聖森人になって帰ってきて、しかも元魔女だなんて」  しんみりした空気を変えようと、俺は冗談めかして言った。 「ああ、確かにそれは…大変です…」  まっすぐに受け取って、言葉を失うアリア。実際、アリアにとっては、冗談で済む話ではないので軽率だった。 「まぁ、戦利品もたくさんあるから、魔女を倒したってことは信じてもらえるだろう。魔女の真実は誰にも話さないか、大神官にだけ伝えればいい…」 “大神官”というワードで、俺はあのことを思い出した。 「出掛けに大神官と交わした言葉で、アリアが健在であることを証明できないか?」 「あれ、ですか。なぜ家宝と知っていたか…」  恐らく偶然だろうが、もしかしたら、あのとき口を滑らせてしまったのは、こうなるという予感があったからかも知れない。 「そう言えば、ダンコフの城に着いてすぐ大神官に会ったが、あのとき“あなたの娘アリア”と言った気がするな。紹介もされていないのに、なぜすぐに大神官と分かったのか。あれに違和感を抱いてくれていたら、非常に都合がいいんだが」 「確かにそうですね。でも、そうでなくてもお父様ならきっと信じて下さいます。…ただ、この身体の知り合いが居たらどうしましょう?」 「アリアは心配性だな」  そうは言ったものの、確かにそれは問題だ。  そもそも、俺たちは魔女の正体を知らずに来た。国の命運を背負った俺たちが知らないのだから、殆どの人間は魔女の生態を知らないはずだ。だから、俺たちが言わなければ、アリアは元勇者パーティの聖森人リサとして生きていけるだろう。  だが、リサの関係者が居たとしたらどうだ。パーティメンバーは全員死んでしまったが、他にも知人くらいはいるだろう。 「…シオン様?」  考え込んでしまった俺を心配して、アリアが問いかけた。 「ああ、えっと、アレだ。記憶喪失で通すしか…」 「えぇ…」  アリアは苦笑いして絶句した。 「シオン様は元の世界に戻られるのですから、心配させてはいけませんね。父も居ますし、なんとかなります。ふふ」 「…俺は帰ることができるのかな?」  できてもできなくても、どちらでも良かったが、話の流れで聞いてみた。 「それは…それがお望みなら、そのように…」 「そうか」  俺はいったん前を向いたが、ふっと気になり、アリアに向き直った。 「ちなみに、どうやって帰すんだ?」 「お呼びしたときと同じです。乙女をひとり、生贄にします」 言葉を切ったアリアは、軽く自分の胸に触れた後、言葉を続けた。 「この身体が乙女であれば、私がそのお役目を仰せつかると思います」  あまりにも簡単に発せられたアリアの言葉に、一瞬理解が追いつかない。 「…は? なんだって? 俺が向こうに帰るには、アリアが犠牲にならなくちゃいけないっていうのか?」  俺は、細い眼を極限まで見開いた。 「そうです」 「そうですって、お前、そんな簡単に、ふざけるなよ…!」  眩暈がしそうだ。 「別にふざけてなど…」 「だって、死ぬのだろう? せっかく身体を貰って生き返ったのに、また死ぬのだろう?」 「それは、そうですが。シオン様はこの国の、この世界の恩人ですから、不義理は許されないことです」  アリアは、ここまでを俺の眼を見て言い、俯いて後を続けた。 「…それに、これは魔女の身体ですし…」 「お…」  言葉を失った俺は、床の石畳を思い切り踏みしめた。そして吐き出すように言った。 「…はっきり言うぞ、俺は帰らない!」 「えっ…?」  アリアは驚き、慌てて顔を上げた。 「俺は元々、それほど帰りたいとは思ってなかったんだ。だから、アリアを死なせてまで…いや、アリアじゃなければいいってわけでもなくて。要するに、誰かを犠牲にしてまで帰る理由なんか、俺にはないんだよ!」 「で、ですが、元の世界でミスズ様がお待ちになっているのでは?」 「…ミスズさんとは、そんな関係じゃない。あの子のことは大好きだし、命よりも大切に思っていた。だが、向こうに帰ればただのおっさんと若い娘だ」  頭皮に急速な痒みを覚えた俺は、言葉を切って頭を掻いた。 「…俺はただ、あの子だけでも無事に帰すことができれば、それでよかったんだ」  最初は変な女の子だと思っていたミスズが、その人生を知るにいたって尊敬するようになり、最後には崇敬の対象のようになっていた。  もしも向こうでミスズに会ったら、俺は自分を抑えることができないだろう。力尽くででも妄想を実現させようとするに違いない。  だから、俺はもうミスズには会わないほうがいいのだ。 『…ごめんよ、ミスズさん。俺は帰らないけど、彼と幸せにな』  仮にミスズが生き残っていたとしても、誰かの命と引き換えにしてまで帰りたいとは言わないだろう。だから、俺の気持ちは分かってくれるはずだ。 「整理するから、ちゃんと答えろよ」  念を押してから、咳払いをひとつ。 「俺を帰すために、アリアは死ぬつもりだったんだよな?」 「は、はい」 「ということは、俺が帰らなかったらアリアは死ななくて済むんだよな?」 「えっ? …はい」 「ということは、アリアの命は俺のものってことだよな?」 「は? はい?」 「正直に言うぞ。…俺は二度も相棒と守るべき対象を失って、とても寂しいんだ。強制はしない。ここ、大事なところだからな?」  アリアに念を押して、俺は息を整えた。
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