31.粛清

10/10
前へ
/10ページ
次へ
「お雪は、江戸で私の帰りを待つと言ってくれたじゃない」 「でも、それは……」 「私のことが嫌いになった?」  ありえない。雪が総司を嫌いなんて、どんな天変地異より起こりっこない。事実は逆だ。総司に想い人ができて、雪に求婚する理由がなくなったのではないか。――だが、それだって、些細な心の変化だった。  総司に想い人がいようといまいと、どうでもいい。そのようなことでは、雪が総司に持つ親愛は微塵も揺らがない。総司に女として求められていない可能性に至った時、気づいてしまったのだ。雪はひとりの女としてより、一本の刀としての方が総司の役に立つ。ならば雪は、血濡れた刀として総司の傍にいたい。  障子戸を開くと、総司が膝を抱えて丸くなっていた。まるで、子どもの頃に戻ったようだ。総司の隣に正座をすると、膝の中に埋めた顔がふと持ち上がった。 「嫌いになんてなれませんよ」  あなたがどこで、誰を想っていても。  目を細めた総司が、溜息のように囁く。 「京に来てほしくなかった」  凍りつく。よりにもよって、一番言われたくない台詞を、一番言われたくないひとに言われた。  ぐしゃぐしゃと髪を掻き回した総司が立ち上がる。言い返すことも立ち上がることもできずに、去って行く総司の背中を見つめることしかできなかった。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加