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「お雪は、江戸で私の帰りを待つと言ってくれたじゃない」
「でも、それは……」
「私のことが嫌いになった?」
ありえない。雪が総司を嫌いなんて、どんな天変地異より起こりっこない。事実は逆だ。総司に想い人ができて、雪に求婚する理由がなくなったのではないか。――だが、それだって、些細な心の変化だった。
総司に想い人がいようといまいと、どうでもいい。そのようなことでは、雪が総司に持つ親愛は微塵も揺らがない。総司に女として求められていない可能性に至った時、気づいてしまったのだ。雪はひとりの女としてより、一本の刀としての方が総司の役に立つ。ならば雪は、血濡れた刀として総司の傍にいたい。
障子戸を開くと、総司が膝を抱えて丸くなっていた。まるで、子どもの頃に戻ったようだ。総司の隣に正座をすると、膝の中に埋めた顔がふと持ち上がった。
「嫌いになんてなれませんよ」
あなたがどこで、誰を想っていても。
目を細めた総司が、溜息のように囁く。
「京に来てほしくなかった」
凍りつく。よりにもよって、一番言われたくない台詞を、一番言われたくないひとに言われた。
ぐしゃぐしゃと髪を掻き回した総司が立ち上がる。言い返すことも立ち上がることもできずに、去って行く総司の背中を見つめることしかできなかった。
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