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「どういうこと? どうしてあの時、私から逃げたの?」
総司の声色はいっそう低くなる。あの時、と総司が言うのは、新見の血痕が残る座敷で、総司と鉢合わせしてしまった時のことだ。なぜ逃げたのか、なんて。答えは一つしかない。
「――芹沢さんを、殺そうとした?」
核心をついたその声に、気がつけば両腕を突っ張っていた。思いの他あっさりと腕の拘束が解かれる。
総司さんに会いたかった。でも、同じだけ、総司さんに知られたくなかった。
雪が人殺しであることを。
「雪は――総司さんは思うような女ではありません」
「――お雪」
「雪は、あなたにふさわしくありません」
そもそも、総司からの文は途絶えていた。噂では、通う女人がいるらしい。雪がこうして京を訪れなければ途切れていた縁だ。今さら許嫁面もへったくれもないが、いざ口にすると途方もない喪失感が胸を占めた。今、雪と総司とを繋ぐのは、試衛館道場でともに育ったという絆だけ。
「お雪」
総司の手が伸びる。反射的にぎゅっと目を瞑った雪だが、総司の手が雪に届くことはなかった。
「お前たち、大事はないか」
縁側から歳三の声がかかる。黒の頭巾をかぶった男は、廊下に倒れる芹沢鴨の躯を一瞥すると、静かに怒気を立ち昇らせる総司に目を移した。
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