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「もの言いたげな顔だな」
「話が早くて助かります」
「今は撤退が先だ。お前は雪を連れて前川邸に行け。俺も事故処理を済ませたら向かう」
もう間もなく、島原で宴会を終えた壬生浪士が帰ってくる。芹沢鴨らの暗殺は長人の仕業だと落着させるつもりでいるから、ここで真の下手人である雪らが鉢合わせするのはまずい。
そう考えるのは総司も同じなようで、苦虫を十匹くらい噛み潰した顔をすると、しっかりと雪の手をとって前川邸に向かった。繋がれた手は、血濡れた着物を着替える段階になっても外れなくて、些か困った。遠慮がちに頼むと、手を離して座敷から出て行ってくれたものの、障子戸を背に座り込んで傍を離れようとしない。雪が着替える間も、京に着てなにをしていたのか質問が絶えなかったので、思い出せる限りで洗いざらい話した。壬生浪士組を騙る不逞浪士に遭遇したこと。佐々木愛次郎と佐伯又三郎の相打ちに関わったこと。新見錦の弱みを握るために島原に潜入したこと。面と向かってだと澱みなく説明できないような出来事ばかりだったため、背中越しでかえって助かった。
「雪は、総司さんや若先生に鍛えていただいた剣の腕で、試衛館道場のみなさまの夢に貢献したいです」
思いは総司と同じだ。勇の、歳三の力になりたい。だから、江戸に追い返さないでほしい。言外に含んだ意図に気づいてくれるのかはらはらする雪に、淡々とした声が返る。
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