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そうだ、俺はその声を聞いている。その後口の中に確かに飴を入れられた気がする。
そのことを話そうかと思ったけど、じいちゃんは再び山を見ながら「かわいそうにな」とつぶやいている。同情というか、虚しさのようなものが垣間見えた。なんだか今はそういう内容を言わないほうがいいような気がして、俺は話しかけるのをやめた。
やがてじいちゃんはうたた寝を始めた。起こさないように気をつけながら、俺は庭で水撒きをしていたのだが。
ここら辺では見ないような車が山に向かって走っていくのを見た。正直この辺で乗る車なんて軽トラくらいだ。ドライブに向いていそうなちょっとスタイリッシュなタイプ。
この山途中で道路が途切れていて、車で奥まで入れるわけじゃない。それにこんな山に何の用事があるんだろう。
山菜とか勝手に取っていく人たちもいる。この間は勝手にソロキャンプを始めた奴が、火の不始末で軽くボヤになりかけたこともあった。
どうして田舎の山は自由に何しても良い場所だって勘違いするんだろうな。県か所有者のものにきまってるだろ。俺は急いで自転車で山に向かった。
私有地のため立ち入り禁止という看板があるのに、車は強引に通ったみたいだ。真新しい草が折れた跡がある。
文句言われるかもしれないけど、忠告はしておかないと。特に火事はシャレにならない。
すぐに人の話し声が聞こえてきて俺は声をかけた。俺と同い年くらいの男女が一人ずつ、喧嘩ってほどではないが少し言い争っているようだ。
「俺の山に何無断で入ってる」
やや声を低くして怒鳴りつける寸前くらいの声で言うと、二人はびくりと肩を震わせた。俺の山じゃないがまあいいか。
知らなかったととぼけてきたが看板があったこと、不法侵入は刑罰の対象だと言うと途端にしおらしくなる。
「こいつがどうしても行くって言うから」
「連れてきてくれたじゃん、私だけのせいにしないでよ!」
「痴話喧嘩はよそでやってくれ。今すぐここから出ろ、警察呼ぶぞ」
後ろめたいのは向こうだから、ここは強気で行こう。俺がそう思った時だった。
ざわ!
誰もいないのに、まるでアリーナ会場にいるかのような人の気配。女も異常を感じとったようで慌てて周囲を見渡している。男はきょとんとしてるが。
「なに、これ」
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