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今一度、という声が全く聞こえない。さっきの女がメメと会うことができたってことだろうか。まさか、本当に成仏したのか?
……本当にそうだろうか。メメからすれば、飴をあげたら赤ん坊は泣き止んだ。それなのに当主は激昂したわけだ。メメからしたら訳がわからなかったのではないか。
感謝を伝えれば成仏する? 何の解決にもなってないんじゃないのか、それ。
今一度、今一度 うふふ、ふふふ
再びあの声が聞こえる。しかも含み笑いまでしている。なんだかうれしそうだ。おかしい、必死に赤ん坊をあやそうとしているなら。
背中がゾクゾクする、なんだかとてつもないことが起きているんじゃないか? 何かとんでもない間違いをしてるんじゃないのか、今。
どさ!
目の前に何かが落ちてきた。思わず呆然と眺めてしまう。それは先程の走っていった女だ。メメを追っていたのに、何故?
何故、紫色の顔をして、口には溢れるほどの石が詰まっているのか。
ビクビクと痙攣している。悲鳴を上げる男に舌打ちをして、俺はとにかく吐き出させる。背中を強く叩いたり後ろから抱きつく形で鳩尾を圧迫してみるが……全く出てこない。
喉を見て気づいてしまった。喉はボコボコと石が詰まっているような形状だ。口から食道にかけて、石がびっしり詰め込まれているんだ。もはや自分の吐き出す力ではどうにもならない。目一杯、ぎゅうぎゅうに詰め込まれているのだから。
そうして女は動かなくなった。涙と鼻水を垂らしてカッと目は見開いたまま。
「ひい、ひいいいい!?」
男が悲鳴をあげる。俺はなんだか現実ではないような光景に呆然としてしまっていた。人が死んだ、俺の目の前で。助けられなかった。
今一度、今一度。
ゆらりと黒い影のようなものが近づいてくる。それは髪の長い女だ。足を動かしている様子がないのに、どんどん近づいてくる。
――今一度おおおおお!
「ぎゃあああ!?」
男の目の前にメメが急にあらわれた。男は泣き叫びながら走り出す。するとメメもグンとスピードを上げ追ってきた、俺は完全に出遅れた。死ぬ、と思った時。メメは俺の横をすり抜けて男を追いかけていなくなってしまった。
俺を無視した? いや違う、見えてないのか。そうだ、考えてみれば当たり前だ。彼女は目が見えない、音を頼りにしているのだから。静かにしていれば見つからないんだ。
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