イマイチド

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「今一度、今一度」  うとうとしてるときにそんな声を聞いた気がした。若い女の声だ、遠くからか細い声で。  今一度って言葉今あんまり使わないよな。そんなことを思いながら俺は意識が遠のいていく。 「腹減った」  寝言が口に出て、そういえば俺腹減ってたんだったと思い出した。そしたらちりん、と鈴の音がした。音がだんだん近づいてくる。  口の中に何かをぐいっと突っ込まれた。寝ている人間の口の中に何かを突っ込むのって、まあまあ大変だと思う。顎閉じてるし。  口の中に入ってきたのは石ころのようなもの。しかしすぐにそれが飴だとわかる、甘い味だ。砂糖だけで作ったかのようなシンプルな甘さ。 「うまあ〜」  そうつぶやいてそのまま俺は本当に眠ってしまったらしい。起きたときは何故か山道の入り口にいて、口の中に飴はなかった。  小学生の時、じいちゃんの家に遊びに来て近くの山を一人で駆け回ったら迷子になった。俺の中でも黒歴史の一つだ、じいちゃんからも両親からもこっぴどく怒られた。 「山神様に謝りなさい! ご迷惑おかけして、このアンポンタン!」  山とこの辺の地域を守ってくれていると言う神様。悪いことをしたら、親よりも先に神様に謝れと言うのがここの風習なのだそうだ。  訳がわからなかったけど。俺はとりあえず山に向かって深々とお辞儀をして、ごめんなさいと言ったのを覚えている。  あれから十年、ばあちゃんが亡くなってから急に元気がなくなってしまったじいちゃん。年々腰が曲がりなんだか小さくなったような気もする。  食欲も減っているようで、俺は心配になって大型の連休とかちょこちょこ様子を見に来てる。遠くの方をぼうっと眺める時間も増えた。もしかして認知症でも始まったのだろうかと、積極的に会話をしてるんだけど。 「じいちゃん何か見える?」  昔俺が迷子になった山をじっと見つめるじいちゃん。 「メメのことを考えてた」 「メメ?」 「そうか、楓にはまだ話してなかったか」  そう言うと久しぶりに少し表情が豊かになったじいちゃんと向かい合う。ただしうれしそうな顔ではない。とても真剣だ。 「役場に記録が残っていて、じいちゃんが子供の頃は授業で習った。今は差別や道徳的な意味合いでやらなくなったって話だが。こんな内容だ」
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