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昔々ある侘しい漁村に、爺様と婆様が住んでいた。
ある日、川へ洗濯に出かけた婆様は、その川縁で呻き苦しむ孕み女を見つけた。ボロを纏った女の額と腕には罪人の証の焼印が残る。
よほどの訳があるのだろうと悟った婆様は、ともかく川の水を飲ませ、もうはや子が産まれんとする女を励ました。婆様がついに赤子を取り上げると、丸々とした男児は大きな産声を上げた。対照的に痩せ細った母親は、赤子の姿をただ見つめながら、涙を落とし息を引き取った。
傍らには山吹色に光る杏子がたわわに実っていた。知らせを聞いて飛んで来た爺様は、
「山吹はめでたき色じゃ。親のない哀れなこの子は、唐桃と名付けよう」と言い、子のできなかったふたりは、唐桃を大切に育てることに決めた。
だが子供の産まれた家には、国司から重い税を課される。米は男女共に取り立てられるが、男児であった場合は、さらに都へと差し出す海苔や干物の量が増す。
だけに貧困に喘ぐ村で男児が生まれると、女と偽った戸籍を出して、税を逃れんとする者が後を絶たなかった。
爺様と婆様の暮らし向きは、貧しい村の中でも殊に貧しい。ふたりは泣く泣く戸籍を偽り、唐桃を表向きは女として育てていくほか、生きていく術がなかった。
村にはそんな子供が溢れていた。どの家もお互い様のことだから、余計な干渉はしない。暗黙の了解が成り立っていた。
しかし──。
※唐桃=杏子の別名
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