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満月の明るさも、木々の枝葉に遮られては届かない。巨大な怪物が口を開けたように真っ黒な道を、唐桃は傷ついた友を背負いながらよろよろと歩き続けた。
もうどのぐらいそうしてきたのか分からない。今までで一番長い夜だった。
「なぁ……教えてくれよ。お前いったい、何でこんなことをしたんだ。参猿に聞いたよ、殺されるつもりだったって」
問うても雉珠の返事はなかった。
「なんで……? だって女なら、豪族に嫁いで今よりずっと良い暮らしができたんじゃないか。なのになんで……なんでなんだよ」
「いい暮らし……か。そうだな……女だったら、な……」
それは答えというより独り言のようだった。
「雉珠……」
けれど唐桃は、そのひとことで何もかもを理解できた。
雉珠は女ではないのだと。唐桃や村の男児同様、戸籍を偽って生きてきた一人なのだということを。
雉珠の父親は、村長と役人とを取注ぐ役目を負っている。日頃から役人の目を酷く気にしていたから、戸籍の虚偽が明るみになるのを極度に恐れたのだろう。役人に暴かれた一家は獄に繋がれる。だから誰にも戸籍の秘密を明かさぬよう、雉珠もきつく言われていたのだろう。
だがここへきて、雉珠と豪族との縁談を命じられた。雉珠の父は焦ったはずだ。嫁ぎ先で男と分かれば、戸籍を謀った罪で投獄される。そればかりか恥をかかされた豪族の恨みも買い、どんな報復をされるかも分からない。
追い詰められた雉珠の父は一計を案じた。
つまり山賊と手を結び、輿入れの最中で車を襲わせ、結納の宝物を渡す代わりに雉珠を連れ去り、殺して山中に埋めよと頼んだのだ。
道中に起きた不幸ならば、花嫁が消えても不思議はない。それを狙ったのだ。
「そんな……そんなの、あんまりだろ。だからってなんで、なんでお前だけ犠牲にならなきゃならないんだよ!」
悔しさと怒りが体を駆け巡る。
唐桃を掴む雉珠の掌が、ぎゅっと拳を結んだ。
「だってそうしなきゃ、狛犬が……」
「狛犬?」
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