鬼望島伝説

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「知ってるだろ?戸籍を偽れば家族にも累が及ぶって。お父は、自業自得だ。けど狛犬は……」 結ばれた拳がぶるぶると震え、やがて雉珠の喉から嗚咽が漏れ始めた。 「……そうか……」 狛犬が罪を負わずに済むように。そのために雉珠は、命を捨てる覚悟をしたというのだ。 とても雉珠らしいと納得がいった。 悲しいほどに。 「わかったよ……。けどそれなら、俺でもいいよな」 「いいって、なにが」 「お前を拐う役目だよ。別に山賊じゃなくても、俺でもいいだろ」 「じゃあ、お前が()を殺して、埋めてくれるのか?」 「まさか。連れて逃げるんだ。生きるために」 「やめろ!そんなことすれば、お前まで村に帰れなくなるんだぞ!?」 声を荒らげた雉珠の体は、次の瞬間、急にずっしりと重たく感じられた。 「雉珠?」 「寒い……この小刀、毒が塗ってあるみたいだ」 「えっ」 「諦めろ、唐桃。もうじき多分、俺は死ぬ。早いとこ、そこらに俺を放って、お前は村へ帰れ。お前だけなら、まだ引き返せる。お前だけなら……お前だけなら……」 うわ言のように繰り返す口からヒューヒューと細い息が漏れた。確かに尽きようとする命の火を感じ、唐桃の胸がどくどくと脈打った。 「……捨てない」 けれど唐桃は、闇に目を凝らした。 「どんな絶望にかられても絶対に捨てない。諦めなければ、どこかにきっと光はある。絶対にそれを探すんだ。お前が俺に言ったんじゃないか!」 「……唐桃」 「なぁ雉珠。お前この村を出て鬼望島に行けたら、何をしたい?」 「きぼう、島……?そう……だな……まずは、たらふく食って……」 「うん」 「寝て」 「うん」 「それから、いろんな人と、出会って……結婚も、してみたい」 「はは。いいな、それ」 「……叶うかな」 「違うよ、叶えるんだ。きっと叶えるんだよ」 唐桃は暗い木々の枝葉を掻き分け、掻き分け、分け入った先で月を見た。天地を真っ直ぐに引くような地平線は、海だった。ついに暗黒の森を抜けた二人は、あの秘密の湾に辿り着いていた。
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