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そんな雉珠の妹の狛犬は、くるくると表情が変わって可愛い子だ。
けれど七つになっても『きじゅ』以外の言葉を話せず、いつもぼんやりとして見えた。
村のみんなが狛犬を物笑いにすれば、狛犬はたちまち雉珠の後ろに隠れる。
家でも親に厄介者扱いされる狛犬がのびのびと笑って過ごせるのは、雉珠の前だけだ。
狛犬はいま温かな湾の浜辺に身を横たえて、雉珠の膝枕ですやすやと眠っている。唐桃はその隣に寝そべって空を見上げていた。
「狛犬はかわいそうな子だ。せっかく、ちゃんと女に生まれてきたっていうのに」
雉珠が狛犬の顔にかかる髪を払いながらつぶやいた。
「ちゃんとって何だよ。雉珠だって女だろ?」
たたみかけると、雉珠は少し慌てたように視線を落とした。
「まあ……そうなんだけど」
「なァ、オイラ腹減ったよぅ。何か取りに行こうよぅ」
そこへ真っ黒に日焼けした小柄な男児がにゅっと顔を突き出した。男児の名は参猿といった。
「そんなら、これやるよ」
唐桃は今朝こしらえたばかりの黍団子を参猿にひとつ分けてやった。ろくに親から飯を貰えない参猿は、喉を鳴らして団子に食いついた。
「おいおい、喉に詰まらないか?」
十歳になる参猿は、山賊の子だ。
参猿は以前、空腹に耐えかねて唐桃の家の畑の胡瓜を盗んだことがある。居合わせた唐桃と雉珠はすぐに参猿を取り押さえたが、事情を知ると見逃すことにした。すると参猿は
『俺よぅ、いつも一人で寂しいんだよぅ。友達になってくれよぅ』とメソメソと泣き出したので、ふたりは困って顔を見合わせた。
参猿は国の従属を拒む山賊の子だけに、そもそも戸籍がない。男として自由に生きられる反面、村人にその出自を知られたら猛烈な袋叩きにあう。だから参猿と遊ぶ時は、この小さな湾でと決まっている。
切り立った崖と崖の間にひっそりと存在する湾は、みなで森を散策していた時に偶然見つけた秘密の場所だ。港からも漁場からも死角になっているため、人に知られる心配がなかった。
「ねぇ唐桃、参猿。ふたりは鬼望島の伝説を知ってる?」
ふいに雉珠が、潮風に巻かれる髪を押さえながら言った。
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