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「父上もそうだ。母上が亡くなってから、若い娘を何十人も慰み者にして……自ら命を経った者もいるそうじゃないですか。あげくの果てにガルシアのような異民族の女を……」  セヴランの声は震えて上ずっていた。しばらくの沈黙の後、ヘロディスの低い笑い声が聞こえてきた。 「お前、ガルシアに気があるんじゃないか」  アロイスは背中が冷たくなるのを感じた。 「歳下だから義母(はは)と思えないのは仕方が無い。しかし、曲がりなりにも父親の妻……それなのに、お前があれを見る目は女に対するそれだ」 「そんなことはありません。私は、彼女があまりに気の毒で……!」 「先程はガルシアを異民族の女と卑しめていたのに、気の毒とは……それが本音なのだろう?」  沈黙が続いた。静寂の重圧に耐えかねて、アロイスは逃げ出したくなったが、体が動かなかった。  ようやく、ヘロディスが口火を切った。 「お前、クノー子爵の令嬢との縁談はどうするのだ?もう二ヶ月になるのに、返事をしていないだろう。肖像画を見る限り、健康な子供を産みそうな娘じゃないか。お似合いだと思うが」 「……今は何も考えられません」  セヴランは悲鳴にも似た声を絞り出した。 「ガルシアにのぼせているな。少し頭を冷やした方がいい。そろそろお前にも兵団を任せたいと考えていたところだ。しばらくヨルベト砦に行ってこい。駐屯隊長は頼りになる男だから、しっかり学ぶんだな」  足音が近づいてきて、アロイスは慌てて扉から離れた。乱暴に扉が開き、セヴランが小走りに廊下を横切り、階段を登っていった。静かになったところで、アロイスも階段を駆け上がり、自室に飛び込んだ。  半月後、セヴランは数人の従者を連れて、ヨルベト砦へと出発した。彼がいちばん頼りにしているはずのフラビオは、何故かマ=モン城に残った。父親の動向を見張らせ、報告させる為だろうとアロイスは考えた。  セヴランが居なくなり新緑が濃くなる頃、モンリュに旅の曲芸団が到着し、大きなテントを建てて興行を始めた。娯楽の少ない地域なので、モンリュの住民だけでなく周辺の村からも見物客が殺到した。  マ=モン城ではまず使用人が代わるがわる見物に行って、主人一家に土産話を聴かせた。ヘロディスは大して興味を示さなかったが、ジュディットは強く魅了されたようで、もっと詳しく話してほしいと何度もせがんで、傍仕えの侍女達をうんざりさせた。ガルシアも遠巻きに聞き耳をたてていて、その時は表情が少し明るくなっているとアロイスは思った。 「ねえ、わたしたちも観に行きましょうよ」  サーカスの図版を取り寄せて一日中眺めていたジュディットが、晩餐の席で言い出した。 「マ=モン城に呼び寄せては如何でしょう。町長によると、明後日が千秋楽ということですので、それ以降でしたら応じるのではないかと」  フラビオが鹿爪らしく提案する。 「それじゃ駄目、空中ブランコが観られないわ。お父様、良いでしょう?」  黙々と肉を口に運んでいたヘロディスは顔を上げ、 「構わんよ」 と、脂のついた手を拭きながら答えた。 「明日にでも行きましょうよ」  ジュディットは目を輝かせた。
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