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 既に不良貴族の片鱗を見せて、何度も城を抜け出しモンリュをぶらついた経験のあるアロイス以外は、町を訪れること自体が初めてだった。ガルシアはエルウェも連れて行きたいと言って支度に丸一日かけてしまい、結局千秋楽に出かけることになった。  ジュディットは天鵞絨のドレスに黒いヴェールをかぶって、痣を隠していた。顔の痣は人目につくし、なによりレビオール家の人間であると覚られたくないようだ。お忍びの気分を盛り上げたいのだろう。アロイスも妹に合わせて地味な服装をしていたが、ガルシアは鴇色のドレスに髪を結い、美貌を隠してもいない。腕にエルウェを抱いていても、すれ違った男は皆振り返るだろう。 「いつも暗い顔で目立たないようにしてる癖に、どうしたのかしら」  ジュディットは不満げに言った。どうせガルシアが何をしても気に食わないのはわかっていたから、アロイスはついからかってしまった。 「いいじゃないか、皆ガルシアに注目するから、ジュディは見られずにすむ」 「……意地悪ね!」  ジュディットはすっかり腹を立ててヴェールをかき寄せた。  侍女がふたりついていくことになり、馬車も準備された。仕事とはいえ、もう一度曲芸団を観る機会を得られた使用人たちは、心なしかうきうきしている。 「お帰りは遅くなるでしょうから、軽食を準備しておきましょう」  フラビオが当然のように言うと、ジュディットは少し機嫌を直して 「レバーパテのサンドウィッチを作ってちょうだい」 と、注文をつけた。 「かしこまりました」  一行が乗り込むと、馬車は峠道を揺れながら走り出した。 「フラビオは観に行ったのかしら」  ジュディットが周りに聞こえる声で呟いたので、アロイスは相手をしてやった。 「あいつは堅物だから、曲芸団なんか下らないと思ってるんだろ」 「そうね。いつも城の中を嗅ぎ回って、使用人たちの失態を見つけようとしてるわよ。だから皆に嫌われるんだわ」 「兄貴の信頼があれば、他はいらないんだろ」  侍女たちが顔を寄せ合ってクスクスと笑った。ガルシアはエルウェを膝に乗せて、緊張したような表情をしている。エルウェはたまに言葉にならない声を漏らしながらも、おとなしく母に身を預けていた。  モンリュの外れに到着したのは、午後も遅い時間だった。商人向けに営業している宿屋に馬車を預けて、アロイスたちは曲芸団がテントを張っている広場へと向かった。派手な模様の布で飾りたてたテントの外観に、ジュディットは歓声を上げた。醜悪なほどの原色の組み合わせが、このひねくれた娘の琴線に触れたらしい。  最後の公演は見物客でごった返し、混雑に慣れていない一行は人の波に呑まれてしまった。どうにか座席に落ち着いたアロイスが辺りを見回すと、ジュディットは侍女たちと固まって座っていたが、ガルシアははるか後方の隅にいて、冥土の土産とばかりに押し寄せた老人たちの集団に押し潰されそうになっていた。助けに行こうか迷ったが、照明が落ちて客席が暗くなったので諦めた。
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