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 失敗を鮮やかな芸に変える道化の軽業から始まって、子供と犬の玉乗り、美女が真っ二つに切られる手品、シーソー芸から綱渡りと続き、大トリが空中ブランコだった。ひとりで心細かったはずのアロイスはすっかり夢中になって観ていたが、曲芸師たちが梯子に昇っている間にハッと我に返り、薄暗がりに目をこらして家族の様子を確かめようとした。双子の妹は心ここにあらずといった様子で見入っており、何度も通ったはずの侍女たちも手を叩いて喜んでいる。アロイスは首をひねって後ろに目をやった。  ガルシアの姿がない。隣の肥った老婆の陰になって何も見えず、席を換えたのだろうか?しかしこの混雑では空席などないだろう。出入口付近には、座ることができなかった客が十人ほど立ち見していたが、ガルシアとエルウェらしき人影は見当たらなかった。  舞台では派手な衣装の男女が、揺れるふたつのブランコの間を飛び交っている。小柄な娘が空中で回転し若い男の手を掴むのに成功すると、客席から拍手が起こった。  アロイスは席を立ち、小走りに出入口に向かった。彼が座っていた隙間は、すぐに別の観客が陣取ってしまった。  テントの外に出ると、既に宵闇が町を包んでいた。団員が使う小さなテントが幾つかあって、出演を終えた者が荷造りをしている。その先に幌付きの荷馬車が何台か駐まっていた。夕闇のように沈んだ青色のマントをつけた男が、眠っている小さな子供を腕に抱いて荷台に乗り込むと、馬車がゆっくりと動き出し、アロイスの視界から消えた。こんな時間に門を出て街道を走るのかと彼は訝った。ドルト街道は首都に繋がる帝国の大動脈だが、辺境ではろくに舗装されておらず、レビオール家の兵団の警戒が及ばない山の中では山賊が出るから、まともな旅人は明るいうちに宿場へ入ってしまう。  いや、それよりガルシアとエルウェだと、アロイスはテントの群れを抜けて煉瓦造りの家が並ぶ通りを探し回った。ようやくガルシアの姿を見つけたときには、太陽がほとんど沈みかけていた。 「ガルシア!」  振り返った女は、目に涙を浮かべていた。アロイスは頬が熱くなるのを感じ、面食らってなかなか次の言葉が出なかった。 「どうしたの」  ガルシアは慌てたように目元を手で拭った。 「エルウェが道化師の姿を怖がったので、テントから出たの。そうしたら、ちょっと目を離した隙に何処かへ行ってしまって……」 「今まで探してたわけ?」  頷いたガルシアの手は細かく震えていた。
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