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 興行は既にはねたようで、テントが人びとを吐き出している。  エルウェを探して走り回ったアロイスは、人混みの中から妹の姿を見つけた。 「どうしたのよ。いつの間にか居なくなってるから、心配したわ」  アロイスが理由(わけ)を話すと、ヴェールの中でジュディットの顔色がみるみる蒼ざめていった。 「そんな……エルウェみたいな小さい子が遠くに行けるわけないでしょう」 「僕もそう思う。だからテントの近くを探したんだけど」 「居ないのね。何処かに隠れてるんじゃないかしら」 「何で隠れる必要があるんだよ」 「あの子は大きな音が嫌いでしょ。自分もけたたましい声を出す癖にね。綱渡りや空中ブランコは盛り上げるために太鼓をうるさいくらいに叩いていたから、物陰で耳を塞いでるんじゃない?」  へそ曲がりだが鋭い観察眼を持つジュディットの意見はもっともだった。侍女たちも協力して、あまり注意を払っていなかった家と家の隙間や、荷車の下などもくまなく捜索した。曲芸団の団長にも事情を説明し、テントの中も確認してもらった。人目につきたくないはずのジュディットですら、ヴェールを手で押さえながら裏通りを探し回った。しかし、全てが徒労に終わった。 「帰って親父に相談しよう」  アロイスの提案に、ジュディットは目を丸くした。 「このまま帰るの?」 「親父ならもっと人を使って捜索できる」 「確かにね。それなら一刻も早く帰るべきだわ」  ガルシアを捕まえて、いったんマ=モン城に戻ることを伝えると、意外にも素直に従った。馬車に乗り込む背中を睨みながら、ジュディットは、 「母親ならひとりでも探し続けるはずじゃないかしら」 とひねくれていたが、ガルシアが帰るのを渋ったらそれはそれで、嫌味を言うのだろう。アロイスは無視してガルシアの隣に座った。  マ=モン城にたどり着くまでの間、馬車の中は居心地の悪い沈黙に飲み込まれていた。侍女たちはばつが悪そうに視線を泳がせ、ジュディットは仏頂面で闇に包まれた窓の外を眺めている。ガルシアはすすり泣いていた。鴇色のドレスは、今の彼女には残酷なほど輝いている。アロイスは奥歯を噛んで、馬車が城に到着するのを待ちわびていた。
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