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事情を知ったヘロディスは激怒し、すぐに私兵十名に命じてモンリュを捜索させた。モンリュの中心部には水路があり、雪解け水で増水する時期だったので、幼いエルウェが誤って転落し流されたことも想定し、かなり下流まで探したが、やはり遺留物すら無かった。
「誘拐されたのではないでしょうか」
三日後に、フラビオが冷静過ぎる口振りで持論を述べた。
「身代金目当てなら、そのうち連絡が来ると思います」
ヘロディスはその考えに同意して、捜索を打ち切った。しかし、エルウェの失踪から半月が経っても、金を要求するような書簡は届かず、モンリュの町は曲芸団の余熱も冷めていつもの生活に戻っていた。ガルシアは自室に籠もり、食事も運ばせていたがほとんど手をつけていないようだった。
ジュディットはそれがまた気に入らないようで、アロイスに八つ当たりをしていた。
「自分が目を離したのが悪いのに、被害者ぶってるんだわ」
「人間なんだから、気が抜けるときくらいあるだろ」
「そもそも、なんでひとりだけ後ろの席にいたのよ。エリスでも連れていれば良かったのに」
ジュディットは侍女の名前を挙げてまで愚痴が止まらない。そもそも、同行した侍女はジュディット付きの娘達で、常に悪口を聴かされているから、ガルシアとエルウェにどんな感情を持っているかわかったものではない。エルウェがぐずったときに、誰にも告げずテントを出てしまった気持ちもわかるような気がした。しかしそれが、間違いの元だったのだ。
「あ……」
記憶が蘇ってアロイスは思わず声を漏らした。
「どうしたの」
ジュディットが不審そうに見つめる。
「いや、なんでもない。それよりジュディ、ピアノのヨルト先生がそろそろ来るんじゃない?」
「そうだわ。ちょっとさらっておかなくちゃ」
慌てて自室に向かう妹の背中を目で追いながら、アロイスは記憶をたどろうとした。
あの日、ガルシアと合流する前に見かけた幌付きの荷馬車。夜が迫っているのに町を出ようとしていた。そして荷台に乗り込もうとしていた青いマントの人物は、眠っている小さな子供を抱いていた。
あの子供はエルウェではなかったのか。
「くそっ……何であのときおかしいと思わなかったんだ」
アロイスは掌にじっとりと汗をかいていた。ヘロディスに話すべきだろうか。罵倒されるのはわかりきっていたし、何より父は皇帝に謁見するため帝都に向かっており不在だった。
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