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四
稀代の超絶技巧ピアニスト、マゴールが自らの技量を誇示するために書いた独奏曲を、ジュディットは好んで弾いた。マ=モン城からほとんど出ない彼女の演奏を聴かされるのはもっぱら使用人たちで、ジュディットが大階段の下にあるピアノの蓋を開けると、用事を思い出したと言い訳しながらそそくさと退出するのだった。帝都の学院を主席で卒業した演奏家が、わざわざ指導を買って出るほどの才能があるものの、毎日聴かされる側は堪ったものではない。
このところ、令嬢の機嫌を損ねぬよう傍にかしづいているのは、マ=モン城の住人としては日の浅い道化だった。いや、かしづくという言葉は相応しくないだろう。同じ曲を何度も聴かされて、リドは行儀悪く欠伸をしている。
「飽きたなら、はっきりそう言ったらどうなの?」
五回目を弾き終えたジュディットが、不満げに言った。
「こんな素晴らしい曲、途中で止めさせるなんてできませぬ」
歯の浮くような言葉のあとで、リドはもう一度欠伸をした。これには流石のジュディットも苦笑せずにはいられなかった。
「もういいわ。ねえ、占いをして」
リドは困ったような顔をした。
「使用人たちを占ってやっているんでしょう?エリスから聞いたわよ」
「出過ぎた真似をして申し訳ありません」
「あの子たちはどうせ恋の運勢でも知りたいんでしょ。お兄様がガルシアと結婚すると宣言したから、自分たちもおおっぴらに恋愛してみたいと思ってるんだわ。非番でも、城の中で逢引するのは勘弁して欲しいわね」
リドは返事をせず、傍の小卓に置かれた茶器の盆を隅に押しやり、カードを並べ始めた。この卓はヘロディスが帝都で買い求めたというもので、ごてごてと前時代的な装飾が施されており、ジュディットは成金趣味だと毛嫌いしている。
「何を占いましょう。結婚運?」
「意地悪。アロイスの真似かしら」
ジュディットは鼻で笑うとピアノの蓋を閉じ、散らばった楽譜を重ねた。
「しょっちゅうアロイスの部屋にふたりで籠もっているでしょ。どんな悪巧みをしているのか知らないけど」
「御家族が幸せに過ごせるためには何をすればよいか、話し合っているのですよ」
「白々しいわね……まあいいわ。わたしがいつ頃この城を出られるか、占ってちょうだい」
「と、言いますと?」
過剰な浮彫のために座りにくそうな椅子に腰を降ろし、ジュディットはにっこりした。いつもこんな表情をしていれば、痣を気にせず妻に迎える男も現れそうなものだが、数日にいっぺん見せれば良い方で、普段はずっと不機嫌なのだから始末が悪い。
「お兄様とガルシアが正式に婚姻したら、わたしとアロイスは邪魔者でしょう?アロイスはヨルベトに行くことになるけど、わたしはどうすれば良いのやら。いっそのこと、修道女にでもなれば良いのかしら」
ジュディットの口元から笑みが消え、気怠そうな溜息が漏れる。
「私は別に修道院でもいいのよ。ずっと頭巾をかぶっていられるものね。でも、お兄様は体面が大事だから、修道女なんて許すはずがないわ。厄介払いしたと思われてしまうもの。お互いに、居心地が悪いだけなのに」
「……わかりました。お嬢様が将来、何処でどんな暮らしをしているか、占ってみましょう」
リドが占う内容をまとめると、ジュディットはハッと顔を赤らめた。
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