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「お嬢様のように賢い方は、ご自分で考えていただくのがよいのです」
謎掛けのような台詞に、ジュディットは少し不満足な顔をしつつも、
「まあいいわ。そう遠くない未来、この閉塞感しかない城にさよならできると信じてみる」
と、納得したようだった。リドは微笑んで、傍らの茶器を引き寄せた。
「冷めてしまいましたが、お飲みになりますか?」
「いただくわ。お喋りしたせいで喉が渇いた」
杯に注がれた蜂蜜色の液体を、ジュディットは貴族の娘らしく優雅な手つきで飲み干した。
「不思議な味ね」
「私の故郷でよく飲まれている香草茶です」
「貴方のことはあまり知らないわ。出身はどこなの?」
「ヨルベト地方です」
「交戦地じゃないの。よく徴兵されなかったわね」
「実は、徴兵されるのが嫌で逃げてきたのです」
ジュディットは声をあげて笑った。
「わたしがお兄様に告げ口したら、大変なことになるわよ」
リドは大袈裟に塗りたくった唇に指を当てた。
「……秘密にしておいてくださいね」
「考えておくわ」
ジュディットは立ち上がり、道化を残して階段を昇っていった。占いの結果が良かったせいだろう、いつになく気分が良かった。軽やかな足取りで廊下を歩いていると、使用人用の通路から仕立て職人ウォルムスとその弟子が現れた。案内しているのはガルシア付きの侍女である。
「あら、ガルシアの部屋に行くの?」
侍女はばつが悪そうにうつむいた。この城の使用人たちは、縁談が来ない自分に対して嘲笑と憐憫の感情を持っている、とジュディットは感じていた。美しいガルシアを妬んでいるなどと思われては堪ったものではない。
「採寸に参りました。帝都から布が届きましたので」
ウォルムスが澄まして答える。侍女はますます小さくなっている。ジュディットは、彼女にしては優しい声色で侍女に声を掛けた。
「あんたが気にすることじゃないわよ。ガルシアは婚礼のドレスを作って貰ってないのだから、必要でしょう?」
「は、はい」
「ウォルムス、あとでわたしの部屋にも来てちょうだい。婚礼に参列するためのドレスを作ってほしいの」
仕立屋がガルシアの部屋に入るのを見届けて、ジュディットは自室に向かいながらドレスの色をどうしようかと考えていた。あえて顔の痣に近い色にしたら、目立たなくなるのではないだろうか。赤紫色と言えば、ウォルムスも理解してくれるだろう。それとも煉瓦色の方がいいかしら。今まで暗い色ばかり着ていたから、思い切って素敵な色の服にしよう……
目の前に服の裾がひらめくような幻覚を見て、ジュディットは立ちすくんだ。黒いマントの男を彼女の目は捉えた。
幻ではない、どこかで実際に見た光景だった。
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