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カードを操る男の手つきは素人のそれではなかった。脇でゲームの流れを観察しているアロイスには、男がどうやらイカサマを駆使しているらしいと推測できたが、頭に血が上っているヤニクたちには見抜けるわけがない。あっという間に全財産を巻き上げられ、酒や料理の代金を払うこともできず、ツケにされた店主に睨まれながら、逃げるように店から出て行った。
「ほら、大事なものなんだろ」
両手に握らされたものを見て、アロイスは全身の力が抜けるのを感じた。翠玉の首飾りは掌の上で瑕ひとつなく輝いている。ヤニクたちに宝石を巻き上げられるところも、この男に見られていたのだと気がついて、アロイスは顔が熱くなるのを感じた。
「あ、ありがとう……」
「どういたしまして」
「お礼を……したいんだけど」
首飾りさえあれば、返ってきたほかの金は全て渡してもいいと思っていた。
「そうだなあ」
男は少し考えてから、
「とりあえずこの店でいちばん上等な酒を奢ってくれよ」
と言って、にやりとした。こんな場末の店にある酒などたかが知れているが、葡萄酒の瓶やら料理やらが運ばれてくるとなんとなく形にはなった。男は慣れた手で栓を抜き、グラスを満たした。
「お前は飲めるの?」
「え?一応……あまり強くないけど」
「じゃあ、無理しないようにな」
男は、アロイスの前のグラスに葡萄酒を半分ほど注いだ。子供扱いされているようで、アロイスはムッとしながら中身を全て飲み干した。
「名乗るのが遅れたな。俺はリド」
「アロイス……」
「気がついてると思うが、俺はここの人間じゃない」
「うん。結構長いことモンリュで遊んでるけど、君を見かけたのは最近だから」
「その間に幾ら巻き上げられたんだ?」
からかわれているのはわかっていたが、アロイスは思わずむくれてしまった。
「図星だな」
「……そこまでじゃないよ」
さらに半分注がれた葡萄酒を、飲むべきか迷っているアロイスを尻目に、リドは大いに飲み食いしている。
「旅をしているの?」
「まあ、そんなところだな」
「あれくらいのイカサマの才能があるなら、食うには困らないね」
リドは右手をアロイスの前に差し出した。人差し指と中指が銅貨を摘まんでいる。手を握って開くと指先に銅貨はない。
「え?」
アロイスは思わず声を漏らして男の顔を見た。リドは不敵な笑みを浮かべ、アロイスの鼻先で指を鳴らした。開いた掌には二枚に増えた銅貨があった。
「……どうして?」
子供のように頓狂な声を出してしまってから、アロイスは慌てて口を押さえた。
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