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「……リド、わたしの好みは知っているでしょ」 「林檎ですな」 「そうよ。乾いたクッキーや脂っこいケーキより、みずみずしい果物が好きなの」  リドは菓子の山に隠れていた林檎を取り出し、手にした細いナイフを素早く動かした。花弁のような形に切り分けられた果実を皿に載せて、うやうやしくジュディットに差し出す。当然のようにそれを受け取った彼女は、かけらを口に入れてゆっくりと咀嚼した。  ふたりのやり取りをつまらなそうに眺めていたアロイスが口を挟む。 「リドはどこの曲芸団にいたの?喧嘩して飛び出したのでもなければ、儲け話なんだから呼んでくれよ。報酬ははずむからさ」  アロイスが手にしていた杯を、リドは優雅な手つきで引ったくった。もう随分飲んでいて、頬がほんのりと赤い。 「私は孤高の道化師なんです」 「じゃあ、あんたに芸や占いを仕込んだのは誰なの?」  林檎を半分平らげたジュディットが横やりを入れた。 「生まれつき器用でして、これくらいは独学で身につけました」  リドがジュディットの目の前で右手を広げると、人差し指と中指の間に骰子(さいころ)が現れた。手を握り再び開くと、中指と薬指の間にもうひとつ登場し、その次には四つに増えた。ジュディットは林檎のかけらを握りしめたまま、道化師の手元に見とれている。 「まあ、知り合いの曲芸団がおりますので、声を掛けてみましょう」 「頼むよ。親父と兄貴が派手にドンパチやってたせいで、ここ数年は旅芸人が寄りつかなくて、モンリュがすっかり暗い街になってるから」  弟妹が好き勝手に喋るのを尻目に、セヴランは骨に付いた肉まで胃の中に収め、温めた葡萄酒をたっぷり時間をかけて飲み干してから、弟の名を呼んだ。 「アロイス、婚礼をしてからのことだが」 「何でしょう、兄上」 「お前にはヨルベトに行って貰う」  菓子をつまみかけたアロイスの手が止まった。ヨルベトは辺境の最前線で、今も戦闘が続いている。 「……不満か?」 「いえ」  リドはおもちゃの勲章をアロイスの首に掛けようとして、邪険に振り払われた。 「私は十八から遠征に出ていた。お前はもう二十一だ。遅すぎるくらいだろう」 「僕はレビオール家の男とは思えないほどひ弱ですからね。親父も期待していなかったと思うけどな」 「酒を止めて剣術の訓練をすれば、体力はつく。乗馬は一応できるだろう。いつまでも主人が不在では、砦を守る兵士たちの士気が落ちる」 「僕なんか砦の主ってタマじゃないけどなあ……」  アロイスは溜息をついて席を立ち、広間を出て行った。安っぽい硝子をはめ込んだ勲章を片手にぶら下げたまま、リドが神妙な顔でその背中を目で追った。 「お兄様達ったら、つまらない話ばかりね」  林檎のかけらを咀嚼しながら、ジュディットが呟く。彼女の斜向かいで黙り込んでいたガルシアが突然立ち上がり、足早に部屋を後にした。肉料理にはほとんど手をつけていなかった。ハンカチで口元を押さえているのを、ジュディットは見逃さなかった。 「気分が悪いのかしら。おめでたじゃないでしょうね」  嫁入り前の娘とは思えないような発言だったが、誰もとがめなかった。
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