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「レビオール家の支配を嫌って、流民になったひと達がいることは知っていたわ。ミオット一座もそうよ。誰が手配したのかわからないけど、皮肉なことだわ」 「顔見知りなのですね」 「ゴナは小さな国だから、父や兄は鉱山や畑をよく見て回っていたわ。わたしもついて行ったものよ。だから、ゴナの民はわたしの顔を知っているの」  死を恐れるあまり仇に身を捧げてしまった若い女が憐れになり、リドは思わず派手な道化服の袖をたくし上げた。橄欖色の逞しい腕が顕わになる。 「まあ、不思議な色……よく白粉で隠せるわね」 ガルシアは目を丸くして、しばらく考えこんでいたが、 「貴方、もしかして……」 と、言いかけたところで、リドにやんわり制止された。 「おわかりになったらそれでよろしいのです。私はただの道化。本来なら奥様と言葉を交わすことすら許されないはず」  全てを察したガルシアは無言で頷いた。 「奥様、死んではなりませんよ」 「ありがとう。大丈夫、そう簡単には死なないわ」  ガルシアはほんの少しだけ笑みを浮かべると、扉を開けて部屋に入った。乾いた音が廊下に響いたあとは、もの悲しい旋律だけが空間を支配する。結婚式を明後日に控えた家とは思えないなと、リドは苦笑した。  そのまま階段を降りようとしたところで、背中に何かが当たった。床に小さな銅貨が転がり、壁にぶつかる。リドは銅貨を拾い振り返ったが、廊下には誰もいない。しかしドアの閉まる音がかすかに響いた。リドは微笑み、ゆっくりとした足取りで、いちばん奥の部屋に向かった。  ドアを開けようとすると、中からノブを押さえるような気配があったが、構わずに素早く押し入って後ろ手で鍵を掛ける。慣れたものだ。 「なんか用?」  部屋着を着崩したアロイスが冷たい声で訊ねた。ドアのそばにいたのだから、聞き耳をたてていたはずだ。 「とぼけるなよ。これ投げたの、お前だろ?」 「知らない」  踵を返したアロイスの腕を掴む。 「離せよ」 「離さない」  アロイスは顔を逸らしたまま悪態をついた。 「ジュディの次はガルシアかよ。女達に媚売って、自分だけ城に残ってぬくぬくと過ごすつもりなんだろ。誰のお陰で三食昼寝付きの生活ができてると思ってるんだ」  どうやら、焼き餅を焼いているらしい。レビオール家の道化として雇われた体なのだから、家族全員に愛想を振りまくしかないし、これがなかなかの大仕事なのに、この世間知らずの坊ちゃんはなにも理解していないようだ。 「お前こそ、こんな道化の格好をさせておいて、部屋に入れてくれるのは気が向いたときだけじゃないか」  アロイスは腕を振り払おうとしたがリドは動じず、逆に腕を引いてその体を抱き留めた。 「離せよっ」 「いつもお前のわがままに振り回されているからな。たまには俺の好きなようにさせて貰う」  背中越しに押さえつけて反対の手で帯を解くと、アロイスはさらに抵抗したが、構わず床に組み敷いた。
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