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 セヴランは十年前の記憶を思い起こした。ヘロディスによってヨルベトに追い出されていたが、忠実なフラビオは数日に一度は城内の様子を手紙で報告してくれた。エルウェはいつになっても言葉を話さず癇癪を起こし、ヘロディスは年甲斐もなく毎夜のようにガルシアと同衾しているようだ……そんな内容を見るにつけ、セヴランはガルシアを憐れみ、自らの変わらぬ愛情を強く感じた。そして、いつか彼女を父親から奪い取ろうと決意した。若く自信に溢れていたセヴランは、老いの翳が見えてきた父親よりも魅力があり、ガルシアの心を射止めることができると考えていた。その障害となり得るのが、エルウェだった。セヴランがエルウェを憎むのは、言葉を発せず癇癪を起こすだけの子供だからではない。ヘロディスの子に、ガルシアが愛情を注いでいるからだった。  セヴランはフラビオに指示を出した。どんな手段を使っても良い、エルウェとガルシアを引き離すように、と。万が一手紙が盗み読まれたときのために、曖昧な文章にしたし、賢いフラビオは読み終えたらすぐに暖炉にくべ、灰を細かく砕いてしまったに違いない。  フラビオから手紙が届いたのは、一ヶ月以上過ぎてからだった。レビオール家の家族が曲芸団を見るためモンリュを訪れたときに、エルウェを誘拐し人知れず「処分」するつもりだった。そのために、前科者を手懐けて成功すれば大金を支払うことを約束した。一行がモンリュに到着したときは確かにエルウェの姿があった。しかし、興行がはねるのを待っているうちに、いつの間にか消えてしまった。何の手掛かりもなく、増水した川に落ちたと考えている……と。  セヴランとて、フラビオの手が汚れるのを望んでいた訳ではない。エルウェが消えてしまったのは、むしろ幸運だった。しかも、エルウェの失踪を機に、ヘロディスとガルシアの関係は冷えていき、ふたりの間には二度と子供は産まれなかった。セヴランは辛抱強く機会を待った。ヘロディスが別の女に興味を持ち、内縁関係に過ぎないガルシアに暇を与えるのを。ところが、彼の期待とは異なり、ヘロディスの命が尽きてしまった。結果的にはガルシアをヘロディスの手から救うことができた。  あとは、アロイスとジュディットを遠ざけてしまえばよい。特にジュディットは、モンリュで姿を見られたかもしれないと、フラビオが報告していた。あの娘が遠回しな嫌味すら言わないところを見ると、実は気がついていなかったか、何かを恐れているかのどちらかであろう。とにかくブール子爵との縁談を進めて、マ=モン城から出してしまえば、多少騒がれたとしても無視できる。これはセヴランのためではない。ジュディットのためなのだ。アロイスも、放蕩者のふりをして、聡明さを隠しているのはわかっている。何を知っているか、わかったものではない。 「セヴラン様、そろそろ」   ドアの外からいつもと変わらぬフラビオの声が聞こえた。  窓に細かな水滴がはねていた。
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