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 純白のドレスは簡素なつくりのようで最上級の生地を使っており、ガルシアが歩くとこぼれるような艶を放った。漆黒の髪を結い上げて、レビオール家に伝わるダイヤモンドの装飾をつけたガルシアの美しさは、ヴェールに覆われていてもひとしおで、ひねくれ者のジュディットですら「文句なしに綺麗ね」と褒めるくらいだった。 「招待客もろくにいないのに、あんな高価なドレス作ってどうするのかしら」  どんな状況でもチクリと嫌味を言ってしまう双子の妹にアロイスはうんざりしたが、どこか怯えた様子のジュディットは傍を離れようとしない。 「フラビオが近寄らないように、見張っていてね」 「めでたい席なんだから、奴だっておかしなことはしないだろ」 「そんなのわからないわ。誰にも気付かれないうちに殺されるかも」  ジュディットは紅茶色のドレスに身を包んでいた。よくできたもので、顔の痣は服の色に溶け込み、髪飾りとヴェールのお陰でほとんど目立たない。  セヴランとガルシアが司祭の前に跪いている間、アロイスは尻の痛みに耐えながらフラビオの様子を窺っていた。相変わらず無表情の男は、広間の隅で式の進行を見守っている。レビオール家の親族は、婚姻や養子縁組で帝国内に幾人かは居るはずなのだが、セヴランは彼らを招待せず、参列者はマ=モン城の家族と、私兵を束ねる士長たちやモンリュの有力者十数名だった。ヘロディスとエレトの婚礼の時は城を開放し、領民たちが自由に出入りして、準備された料理や酒を飲み食いできるようにしていたので、モンリュの住民のほとんどが城を訪れて結婚を祝福したという。それに比べるとあまりにささやかだった。  アロイスはリドの姿を探した。道化は付け鼻だけは外しているがいつもの格好で、開け放たれた扉の脇に陣取り、珍しく神妙な顔をしていた。厚化粧で肌の色はごまかせても、端整な顔立ちは隠しきれない。ジュディットもそれに気付いて、駆け落ちに踏み切るつもりでいるのか。もちろん、アロイスはそんなことを許すつもりはない。セヴランに従ってヨルベトに旅立つつもりだが、ついでにエレトの形見の宝石類を幾つか持ち出そうと思っている。そして隙を見て隊列から抜け出し、リドと帝都に行くのだ。 「あの司祭、お題目が長いわね」  ジュディットがイライラしているような声を漏らす。 「静かにしていろよ」 「わかってるわ」  ようやく司祭が本を閉じると、セヴランがガルシアのヴェールを上げる。食いつくような接吻に、背後の年老いた士長が不快そうな溜息をついた。ガルシアは堅く直立していた。  ジュディットはますます不穏になり、アロイスの手を掴んだ。 「フラビオがこっちを見てるわ……」  しかしフラビオは主が妻の手を取って、花で飾り立てられた椅子に座らせるのを見守っている。 「わたし、部屋に戻りたい」 「なに言ってるんだよ。これから、ジュディが楽しみにしていた曲芸が始まるのに」 「そうよね……」  ジュディットは唾を飲み込んで座り直した。アロイスは彼女の中指に、大きなエメラルドの指輪がはまっているのに気がついた。それは、かつてアロイスが賭けで巻き上げられかけた、エレトの首飾りと揃いになっているものに違いなかった。ジュディットは痣が悪目立ちするからと、あまり装飾品は身に付けない。こんな指輪は持っていなかった。セヴランが贈ったのだろうか?いや、エレトの形見を腹違いの妹に渡す筈がない。妹は自分と同じことを考えているのだと、アロイスは確信した。
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