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 曲芸は少年が天井すれすれの鮮やかな宙返りを披露して終わり、控えめな拍手がしばらく続いた。セヴランもゆっくり手を叩いている。 「素晴らしい芸だった。妻も感激している」  称賛しながら、セヴランはちらりとガルシアを見た。ガルシアは興奮さめやらぬ様子で、 「この者たちにわたしから褒美をやりたいのですが」 と、懇願した。セヴランは不思議そうな顔をした。もちろん、ミオット一座にはこの後でたっぷりの食事と酒、袋に入った金貨が渡されるはずである。 「それは、お前が自分で渡したいということか」 「はい、とても感激してしまって……ゴナ王家に伝わる懐刀を持っておりますの。宝石で飾り立てていて実用的なものではありませんから……」 「宝石がたくさんついているなら、首飾りにでも作り替えてしまえばいいのに」  すっかり興醒めしたジュディットが嫌みたらしく囁くのを、アロイスは聞き流した。セヴランはすこし迷っていたが、 「すぐに準備できるのか」 と、訊ねるとガルシアは頷いた。 「それなら構わぬ」  ガルシアが合図をすると、控えていた若い侍女が絹の布にくるんだものを女主人に渡した。緊張しているのか、手が震えている。 「まあ、つい先日雇ったばかりの子じゃない。作法もろくに覚えていないわ。あんなぐるぐると布を巻いたまま渡すなんて……」 「静かにしろよ」  妹をたしなめながら、アロイス自身も違和感をおぼえていた。しきたりに通じている侍女がいるのに、わざわざ何も知らない娘を使うのは何故なのか。ガルシアは澄ました顔で布を解いて短刀を取り出した。鞘や束には色とりどりの宝石が散りばめられていて、美しいが実用に耐えうるものとは思えない。 「さあ、小さな道化師さん。いらっしゃい」  ガルシアに呼ばれた少年は、しかし自分のことだとわからないのか、うつむいたまま立ちすくんでいた。隣にいた男が乱暴に顔を上げさせると、少年はガルシアに近寄り、ひざまづいた。
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