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「どうぞ。気をつけて頂戴ね。ちゃんと研いであるから切れるのよ」  少年はうやうやしく受け取ったが、短刀を捧げ持ったままの姿勢で動かなくなった。ガルシアも黙って少年を見つめている。  沈黙を破ったのはミオットだった。 「相済みませぬ、この子は芸は達者ですが、喋れないのです。わたくしめから御礼申し上げます……さあ、もういいだろう」  長に促され、少年はすっと立ち上がった。アロイスは我が目を疑い、ジュディットの手を引っ張った。彼女も瞬時に悟ったらしい。 「ねえ、あの子……」  しかしその後の展開は、ふたりの予想をはるかに超えていた。  少年はおもむろに刀を抜いた。ガルシアの言葉通り、刀身は磨かれて鋭い光を放った。彼は美しい顔をかすかに歪め、何のためらいも見せずセヴランに躍りかかった。  ジュディットの悲鳴と共に、セヴランの首筋から赤いものが噴出した。セヴランはすぐに手を首に当てたが、ぽかんとした間抜けな表情で椅子から崩れ落ちた。 「貴方……」  ガルシアの声にセヴランは眼球を動かそうとした。その間にも首筋から血が噴き出し、彼の皮膚は蒼白になっていった。 「曲者!」  素早く動いたのはフラビオだった。彼は大きな刀を帯びており、それを手に少年の腕を捕らえようとした。しかし、床に倒れたのはフラビオの方だった。背中には派手な飾りのついた矢が刺さっていた。ほとんど出血がないのは、心臓を正確に射貫いているからに他ならない。フラビオの背後にリドがいたことに、アロイスは気がついていた。  百戦錬磨のはずの士長達はその場に凍りつき、使用人や町人達は我先にと広間から逃げ出していた。 「早く、医者を……」  アロイスは叫んだが、セヴランはすでに死の淵にいた。痙攣する腕をよろよろと挙げて、血塗れの短刀を手にしたまま立ち尽くす少年の、派手な衣装を掴んだ。 「やめて!」  ガルシアの興奮した叫び声を聞くのは初めてだった。セヴランは体を起こそうとしたがその途端、首の傷から血がどっと溢れ、力尽きた。手には破れた衣装の切れ端を握っていた。  アロイスは目を疑った。むき出しになった少年の腕には、自分と同じ赤い痣が広がっていた。返り血を浴びた美しい横顔を、ガルシアは隠すように抱えたが、全ては明らかだった。 「エルウェ……」  傍らでジュディットが呟いた。 「生きていたのね……どういうことなの」  ガルシアはエルウェを抱き締めて泣いている。エルウェが消えたあの時よりも、激しく声を上げていた。 「ヘロディスめをこの手で始末するのが夢だったが、すでに死んでいては仕方がないな」  ミオットは吐き捨てるように言った。 「この子にとっては、父親殺しをせずに済んで良かっただろう……まあ、どこまで理解しているか、わからないものだが」  振り返った老人の鋭い眼光にアロイスは背中が粟立つのを感じ、怯えて頭を抱えているジュディットに覆いかぶさった。視線を泳がせてリドを探したが、道化はいつの間にか姿を消していた。  ガルシアの腕の中で、エルウェは呆然と目を見開いていた。ガルシアは黒い巻き毛を掻きあげ、額に浮かぶ痣に口づけた。
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