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 レビオール家の人々がモンリュにサーカスを観に行った晩、エルウェを連れ去ったのは、やはりミオット一座の者だった。いや、連れ去ったのではなく、ガルシアに託されたという方が正しいだろう。  ヘロディスに連れ去られたガルシアだったが、使用人たちからは、我儘いっぱいのジュディットよりも同情され、モンリュにゴナ地方の食材を売る行商人が来ると、彼女に欲しいものを聞いてはこっそり買いに行っていた。ガルシアは、独特な形のゴナの文字で書かれた紙片を、出掛ける侍女に持たせた。この紙片を、語学に長けたアロイスやジュディットが読んだら、すぐに食べ物の箇条書きなどではなく、自身の近況を伝えるものだと気が付いただろうが、使用人が解読する気遣いはなかった。行商人は紙片を受け取ると、適当に果物や豆類を見繕って侍女に持たせた。  ミオットはもともと軍の慰問をしていた軽業師であったが、ゴナがレビオール家の手に落ちると、弟子を連れて旅の曲芸団として帝国内を回りつつ、行商人を装って定期的にモンリュを訪れていた。ガルシアと通信していたのは、ミオットだったのだ。  始めは、レビオール家の支配下にある民を安心させたいという一心で、書き綴っているものだった。そのうちに、残されたゴナの民からも巧妙に隠された文章で、土地の窮状が伝えられた。ヘロディスが自分以外の若い娘に手を付けていることにガルシアは愕然とし、自分のような犠牲者をゴナの民から出したくないと、夫を殺す決心をした。その時にはすでに臨月に入っていた。  エルウェは仇の血を引いており、喋ることができない子供だったが、腹を痛めて産んだだけにガルシアは愛情を感じていた。それ故に、自身がヘロディスを殺害した後を案じて、ゴナの民に息子を託すことにした。その頃には伝書鳩を手に入れて、使用人の目を気にせず通信できるようになり、モンリュで興行しているサーカスを観覧する機会を利用して、エルウェを「失踪」させることに成功した。  ミオットは、若き王女の手を血で染めるのをよしとしなかったから、ガルシアに決行を思い止まるように何度も説得していた。彼らもヘロディスが帝都に旅行する情報を得ては、暗殺の計画を練っていたが、護衛の多さから簡単に近づくことはできず、機会をうかがうだけで数年が経っていた。  ヘロディスが病を得てこの世を去ると、ゴナの民達はガルシアが解放されるのではと期待した。というのも、彼女は愛妾の立場であり子も居ないとなれば、主亡きのレビオール家で養う必要もない。ところが、セヴランが彼女を離さなかった。それどころか、ヘロディスが死んでまもなく、彼女を犯したのだ。ガルシアはすっかり気力を失い、自分はもうセヴランを殺すことはできない、もうこのままでも良いと紙片に書いて寄越すようになった。まさかセヴランに好意を持つようになったのか、とミオットは怪しんだが、そんなつもりはないという。煮え切らない態度を訝りながらも、王女をマ=モン城から救い出すべく、彼は情報収集を続けていた。  ジュディットが婚礼の席に曲芸団を呼びたいと発言したのは、まったくの偶然である。しかし、昨今の戦乱とそれに伴う不景気で、サーカス団は次々に看板を降ろしており、セヴランの命を受けたフラビオは苦心していた。フラビオは用心深い男だったが、ミオットの方が役者が上だった。彼は亡国の民であることを悟られずに、マ=モン城に入り込む手筈を整えた。
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