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 一家を支えていたのはエレトだった。遠征先ではなくマ=モン城に滞在している間でも、ヘロディスの女遊びは絶えなかったが、その尻拭いはエレトがしていたから、本質的には頭が上がらなかった。エレトがへそを曲げたら、ヘロディスは全てをなげうって機嫌を取るのだった。  エレトの死はマ=モン城に暗い影を落とした。すでに十八歳になっていたセヴランですらしばらく泣き暮らしていたし、まだ幼いジュディットは泣き喚いた挙げ句ひきつけを起こした程であった。ヘロディスはというと嘆きのあまり、むしろ色事に耽るようになってしまった。しかもひとりの女に執着するわけではなく、一晩か二晩であっさりと捨ててしまうのだから、評判はさらに悪くなった。  エレトがこの世を去ってから三年後、ヘロディスの率いる軍は高原の小国ゴナの都を陥落させた。ゴナには豊かな鉱山があり、その攻略はレビオール家の宿願でもあった。王と王妃はレビオール軍が城に踏み込んだときには自害していたが、どうやら死にきれなかったらしい王女は捕縛され、ヘロディスの元へ連れて行かれた。  彼女を見るなりヘロディスは、マ=モン城に連れ帰ると宣言し、周囲を驚かせた。  当時十六だったガルシア王女は、象牙のようにきめ細かい肌にエメラルド色の眸を持つ、驚くほどに美しい娘だった。ヘロディスの前に引き出されたときは、隙を見て下女に変装して脱出しようとしていたのか、薄汚れた服を着て裸足だったが、豊かな黒髪は引っ詰めて頭巾を被っても隠しようがないほど艶やかで、よほどの節穴でもない限り下賤の者として見逃すはずがなかった。  これまではヘロディスもわきまえていたから、戦地で捉えたり献上させた女に手をつけるのは当然としても、接収した屋敷に囲っておくことがほとんどで、モンリュに連れ帰っても城には入れなかった。エレトを畏れていたからということもあるが、彼女が死んでからの三年間もこの原則を固く守っていた。それ故に、ガルシアをマ=モン城に迎えるというのは、すなわち占領国の王女を妻にするつもりなのだと、側近たちは解釈していた。  エレト亡きマ=モン城に残っていた子供たちは、自分たちとそう歳の変わらない少女の姿に困惑した。特にセヴランは憤慨し、しばらく自室に籠もるほどだった。  ヘロディスは婚姻に必要な儀式を行わなかったから、ガルシアは正当な配偶者には当たらない。それがエレトへの義理立てなのか、帝国に属する諸侯としての矜持なのかはわからなかったが。それでもガルシアは広い部屋を与えられ、ふたりの侍女がついた。ヘロディスの子供たちも、父親の手前あまりよそよそしく振る舞う訳にもいかず、一応は家族の一員として遇した。セヴランも、食事の席で多少の会話をするようになっていった。  ガルシアがマ=モン城に住んで一年半後、彼女は男の子を産み落とした。この子もまた、体に痣を持っていた。
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