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「まあ、仕方ないわ……わたしは縁談を利用して城を出ようとしていたんですもの。子爵と結婚する気はあまり無くて、レビオール家の領地の外に出たら、貴方と何処かに逃げてしまおうと思っていたのよ。持参金と宝石があれば、当面の生活はできるし」 「私みたいな根無し草に、お嬢様が不自由ないような稼ぎを得るのは難しいです」 「……冗談よ。アロイスはわたしが貴方に惚れていると思ってるみたいだけど、流石にそれは無いわ」  ジュディットは頭に巻き付けていたヴェールを床に落とした。波打つ栗色の髪を掻きあげると、以前よりも爛れているような、痛々しい痣が露わになる。 「貴方はアロイスのお気に入りでしょ。わたしがいくらへそ曲がりでも、人の心を変えることができないくらいはわかっていてよ」  床には大きな旅行鞄が蓋を開けていて、下着や靴が突っ込まれている。 「お見合いといってもね、わたしはさっさと結婚を了承して、子爵に連れ帰って貰うつもりだったのよ。途中で逃げ出しても当座の資金はあるし、何処かの貴族の屋敷でピアノ教師として雇ってもらうとか、修道院のオルガン弾きにでもなろうと思ってたの。でも、ブール子爵と会って、もしも良いひとだったら……子爵もわたしに好意を持ってくれたら……どんなにおデブちゃんでも結婚してもいいかなって……勝手よね、わたし」  ジュディットは目の周りを拭った。 「以前、貴方に占って貰ったわね。あのカード、意味は良くわからないけど、何となく人生は自分で切り拓くものだと思えたの」 「正しい解釈ですよ。占いはあくまで方向を示すだけ。お嬢様が行動しなければ何も変わりません」 「縁談が駄目になって、この城を出ることができるかしら」 「それは、お嬢様次第でしょう」 「そうね、アロイスなら少し勝手を言っても許してくれそうな気がする……あの子、お兄様が死んだら急にやる気を出して、ヨルベトの駐屯団に早馬で指示を出してるわ」  リドはテーブルに置かれたティーポットに触れた。すっかり冷たくなっていて、紅茶が残った茶碗も表面に埃が浮かんでいる。その中身を捨てて、持っていた葡萄酒を少し注いだ。 「これを飲んで、少し眠ってはいかがでしょう。目が覚めたら、もっと良い考えが浮かびますよ」  ジュディットはすこし躊躇っていたが、 「さあ、どうしましょう。サバル族の貴方を素直に信じていいのかしら」 と、いつものような皮肉を言って、弱々しく微笑んだ。この娘は幸せになって欲しいと、リドは少しだけ情に流されそうになりかけて、どうにか理性を取り戻し、懐から骰子を取り出した。
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