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 アロイスの自室は施錠されていなかった。リドは無遠慮に入り込み浴室まで覗いたが、アロイスの姿はなかった。階段の踊り場から下の階を見下ろすと、ヨルベトからセヴランの婚礼に駆けつけた兵団長と従僕が、旅支度をして出て行くところだった。  リドは階段を降り、かつてヘロディス、そしてセヴランの書斎だった部屋に向かった。扉をノックすると返事があった。リドは周囲に誰もいないことを確かめて、ドアを開けた。 「……リドか。早く入りなよ」  促されるまま書斎に踏み込むと、リドは後ろ手で鍵を掛けた。  アロイスは机に向かって書類を片付けている。父や兄と比べると小柄で痩せていたが、重厚な家具に囲まれているせいか威厳があった。 「悪いけど、忙しいんだよね。君の相手をしている暇はないんだ」 「別にいいさ。すぐに終わる」 「すぐに終わるって、この前はなかなか放してくれなかったじゃないか。あんな風にされたら、困るんだよ。兄貴の奴、帝都に送る書類を溜め込んでてさ。文武両道だと思ってたけど、意外に事務仕事は苦手みたいだな。婚礼の日取りが決まったからって、ガルシアとよろしくやってたんじゃないの。まあ、裏切られたんだけど」  傍に気配を感じたのか、アロイスは顔を上げ、 「リド、本当に今は……」 と言いかけて目を丸くした。 「君、素肌をさらしてどうしたんだよ。まずいじゃないか」 「何がまずいんだ?」 「サバル族の君が、城内をウロウロしてたら……」 「誰も気にしてないぜ」 「そりゃあ、辺境に行ったことがなければ、妙な肌の色の奴がいるなくらいしか思わないだろうさ。でも、ヨルベト駐屯の部隊長がいたからね」 「ああ、さっき出ていくのを見た」  リドが肩に手を置くのを、アロイスは拒まなかった。しばらくは無言で、透かしの入った便箋にペンを走らせていた。流麗な筆記体は、あまり学のないリドにはほとんど読み解けないものだった。三枚ほどしたためると、アロイスは便箋を丁寧に畳んで封筒に入れ、慣れた手つきで傍らのランプで蝋を溶かし、垂らして封をした。赤い蝋の上には、レビオール家の紋章である二匹の蜥蜴の印が捺された。 「ようやく、半分は片付いたな」  そう呟いて、アロイスはリドの腕に頬を押しつけた。 「……少し、飲まないか?」  葡萄酒の瓶に気がついたアロイスは、かすかに首を傾げた。 「どうしようかな。君が勧めるなんて、ちょっと怪しい。毒を盛られそうだ」 「疑われるなんて心外だな」 「だって、フラビオを殺したのは君だろう?」  リドの顔を見つめてアロイスは笑い声を上げた。 「かなりの早業だったけど。僕の目は節穴じゃないよ」 「油断ならないな」  リドは苦笑してみせたが、実際のところアロイスは気がついているだろうと思っていた。
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