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三
エルウェは目鼻立ちが整っていて、ずっと眺めていたくなるような赤ん坊だった。
「まるでファンデムールの絵みたいだわ」
ジュディットはかつて人気を博した宮廷画家ーー現在は「ただ綺麗なだけの、なんの思想もない作風」と酷評されているーーの名前を出して皮肉った。成長につれ大きくなる顔の痣のせいですっかりひねくれてしまい、十一歳にして大人顔負けの教養はあるけれど、文学や絵画にしても美男美女を描いた作品は大嫌い、悪魔が出てきたり善女が酷い目にあうものを好んでいた。
いやファンデムールよりは深みのある容貌だろう、とジュディットよりは素直に芸術を愛するアロイスは思っていた。エルウェはガルシアに抱かれて、じっと一点を見つめて考えこんでいる哲学者のような表情をしているのだ。聖母子像のようだと使用人は褒め、いい気になったヘロディスは画家を呼んで肖像画を描かせようなどと言ったが、ガルシアは首を縦に振らなかった。
エルウェは歩き出すと体つきがすっきりして、ますます美しい顔になったが、いつになっても言葉を発しなかった。口を開くのは食事のときと、遊んでいるのを邪魔されて癇癪を起こす時だけで、それも鳥のように甲高い声を上げて泣き出すのだった。それを不気味がったのはセヴランで、しょっちゅう医者に診せろと言っては、ヘロディスと口論になった。ヘロディスにとっては死産せずに育った久しぶりの子供だったから、喋らないくらいはどうでもよかったのだろう。エルウェの存在で、それまで平穏に見えていた父と息子の関係が、あからさまに険悪になっていった。
ある晩、寝苦しさに目が覚めたアロイスが、火照った体を冷やすために廊下を歩いていると、広間からセヴランの鋭い声が聞こえてきた。このところ、父と息子は辺境の攻略で意見が合わず、議論を重ねていたから、白熱しているのだろうと、アロイスは興味が持てずにやり過ごそうとした。
「エルウェが……」
セヴランが漏らした言葉に、アロイスは思わず足を止めた。好奇心に駆られて、音を立てないように扉を細く開け、様子をうかがった。
鋭い声が飛んで来る。
「父上はあの子がおかしいと思わないのですか」
セヴランの相手は、やはりヘロディスだった。アロイスは唾を飲み込む。
「喋らないだけで、こちらの言うことはよくわかっている。賢い顔をしているじゃないか」
「言うことがわかっている……?ガルシアがそばにいてなんでもやっているから、父上にはそう見えるだけでしょう。いい加減に医者に診せるべきです。脳の病気かもしれない」
「自分の弟を病人扱いするのか」
「レビオール家の人間は、みな病んでますよ。ジュディは痣に心が蝕まれているし、アロイスは体が弱くてすこし乗馬をしただけで息が切れる……それでもエルウェよりはマシでしょう」
自分のことを引き合いに出されるのはいい気分ではなかったが、兄がここまで言ってくれるのは頼もしいように思えて、アロイスは隠れたまま耳をそばだてた。
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