魔上皇

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 ヤコちゃん。だね?  母親不詳の妹の名を、既に流紫降は掴んでいた。 「僕は、勘解由小路流紫降。一応、君は、僕の妹になると思う。?」  弾かれたように、流紫降の言葉に、(そもべ)達は立ち上がった。  見た者を強制的に従わせる皇帝眼。それを越える、力の発露だった。  絶対命令(ザ・ワーズ)。視覚を越えた、認識によって、全てを統べる力の萌芽があった。 「よっしゃああああああああああああああ!じゃあ!フルボッコなのよさ!ぎゃ!」 「だから、待っててね?莉里ちゃん」  う、うみゅう。兄ちゃん怖すぎるのよさ。莉里は、軽い尿漏れを起こしていた。 「最近の事件で、僕はジル・ド・レという名前を知った。父さん達が追っていたのは、少年殺しの男。それで、僕は自らを囮にしたんだ。ジャンヌ・ダルクに傾倒する剣呑な男は、ジル・ド・レしかいない。父さん、ジルはもう、無力だよ。僕が鎮めておいた。乱暴な鎮め方しちゃったけれど」 「うん。よくやったぞ?俺達の可愛い坊主」  正直、どう乱暴に鎮めたのか、考えただけで恐ろしいわね。 「彼は、本質的に悪という行為について、見誤っていたんだ。彼は、ただ地獄で責め苦を受けたかっただけだ。自罰思考が行きすぎてしまって、他者を傷つけてしまっていた。彼には、他者を思いやる心を形成したんだ。本来は、それだけの話だったのに。ヤコちゃん。涼白さんは、僕の妹の大切な家族なんだ。人の家族を、取ったりしたら、駄目だよ?返してあげて?」  ああ、視点を変えれば、何てことはないのね。  ただ、いきなり家に上がり込んだ子供が、姉のおもちゃを、横取りしようとした、だけ?  でもまあ、涼白さん、生きてるし。 「まあ、どうせママの子作りの失敗の、尻拭いだし。いいわよ?でも、タダじゃあげらんない。私の望むものを返して。流紫降お兄ちゃん。お兄ちゃんは、私が望むものを持っている。でしょ?」  そこで、流紫降は少し考えた。今後の道、のちに起こるであろう、様々な事象。ここで拾える命。  全てを天秤に掛けて、流紫降は、うしろで膝を突いた、ジル・ド・レに目を向けた。 「ヤコが、君を起こした子が、君を呼んでいる。ごめんね?僕はジャンヌじゃないんだ。オルレアンのラピュセルは、僕じゃない。その性質が、多少、僕と共通項があったとしても、それでも、やっぱり違うんだよ。ジル、あの子のところへ行って」  ジル・ド・レは、ふらつきながら、涼白さんとすれ違った。  ヤコは、実につまらなそうに、 「まあ、最初は、こんなものね?色々邪魔が入っちゃった」  あ――う。抜け殻のような、死霊はそう呻いた。  だが、彼女が引いた図面の、結末はこれだった。  うん?一瞬、流紫降が、ジル・ド・レに鋭い視線を向けた。  何を、見たの?  ついで、父親に目を向けたが、満足そうに、自分の頭に手を置いていた。  そんな、親子を脇に置いて、禍女の皇は言った。 「冒涜に冒涜を重ね、長きに渡り、地獄に耐え続けたお前には、既に資格がある。お前は、もうなっている。それに。恐るべき存在――悪魔(デモン)の一党に。さあ。翼を広げろ。戦斧を持ち、飾り帯を纏い、闇を広げろ。ぴったりな名前をくれてやる。お前は――そう、羽村さんだ」  ジル・ド・レが、巨大な翼を広げた。 「私の僕は、私自身で創る。パパに並び立つには、あと、11人かしら?それから、いるんでしょう?!にーに!」  空中に、強烈な霊気を感じた静也は、 「光忠!」  弟の名を叫んでいた。 「ヤコに!ヤコに手を出すなあああああああああああああああああ!」  空中に、東雲光忠のレイドがあった。 「申公豹は僕が殺した!だから!これは僕のだ!雷光鞭!敵を焼き尽くせ!」 「護田さん!」  勘解由小路が叫び、目映い光が、市立狐魂堂学園の屋上を包み込んだ。  光が終わったあと、ヤコ達の姿はなく、こちらに傷を負った者は、1人もいなかった。  ただ1人、護田さんだけが、全身にブスブスという、煙を上げていた。 「人間の悪魔化――か。懐かしいことだ」  静かになった屋上で、勘解由小路は呟いた。 「父さん。ヤコの、あの子の目的は、自分の(しもべ)を、直に地獄から勧請する、それだけだったんだ。でも、何か」 「流紫降、お前の抱いた予感は、きっと正しい。子供には、子供の世界があると同時に、大人にも、大人の世界というのはある。石山さん。どうだ?」 「ええ猊下。もう、大丈夫でしょうな」 「涼白!」 「お兄ちゃん!」  尻尾のバイブを最大に引き上げて、シスコンヤモリは妹を抱き締めていた。  鬱陶しそうに、見えない尻尾のバイブを鼻先で見せつけられた父親は、 「まあ、それよりヤコだ。流紫降、頼んでいいか?あの、お前のアンチテーゼみたいな赤ん坊を」 「赤ちゃんをあやすのは、あんまり経験ないけど、それでも、あの子は、涼白さんを怪我させたしね?あの子のことは、僕に任せて欲しい」  満足そうに、息子の頭を撫でる父親と、それに甘んじる息子の図があった。  紀子は、遙かな高みで通じ合う、けったいな親子を、離れたところで見つめていた。
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