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ジル・ド・レ
深夜の裏通りを、フラフラと歩いている、外国人の姿があった。
茫洋と茂った髭面の白人。
明らかに怪しい風体だが、騒ぐ者は1人もいなかった。
昨今のインバウンドや、オーバーツーリズムという話はあったのだが、それにしたって男はおかしかった。
男の目は、現実を映していないように見えた。
まるで、今この瞬間無から有が生まれていたかのように見えた。
男が入ったコンビニは、異様な冷たさに満ちていた。
入店して早々、トイレに入ったのだが、それを咎める者は誰もいなかった。
誰もが、原因不明の冷気に震えていた。
男の手には、大振りの西洋カミソリがあった。
頬をなぞると、スーッと頬が裂けた。
流れる血もそのままに、男は髭を落していった。
トイレから出てきたのは、とてもシャープな、細面の美丈夫だった。
フラフラと、男は東京の夜を歩き続けていく。
不意に、震動を感じて、男はポケットから、携帯を取り出した。
当然のように、携帯を操作し、男は顔を上げた。
俺は、当然のように地獄に落ちた。お前の影を追って。
だが、地獄に落ちたはずのお前はいなかった。
ああ。我が聖女よ。お前は、今、どこにいるのだ?
俺は、地獄から戻ってきた。今は、極東の国の中央にいるようだ。
どこにいる?一言、一言言葉をかけてくれ。
ジャンヌ。
地獄の亡者として、この世に顕現した、世紀の殺人者、ジル・ド・レ。
ジャンヌの姿を追い続け、どこに行くのだろうか。
その行方を、知る者は、今はどこにもいなかった。
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