魔上皇后

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魔上皇后

 夫の、高いびきが聞こえている。  勘解由小路真琴は、全裸の上から、ガウンを羽織って立ち上がった。  夫である降魔さんと、たゆまぬ子作り行為を、今も続けているのだが、どうにも、降魔さんは、気もそぞろではないか。という疑念が湧いていた。  昨日の夜、確かに、降魔さんから、私と、愛する子供達への、ご自身の身を決して省みることのない、深い愛を感じたのだ。  それに応えずして、どうして私というものがあるのでしょう。  音もなく、廊下に出た。  廊下の外にも、至るところに、愛する子供達の匂いがする。  ふと見ると、廊下に、館のメイドが集合していた。  涼白さんは、莉里ちゃんといる。  メイド長である、龍姫鳴神(りゅうきなるかみ)が、首を垂れて言った。 「魔上皇后様」  ええ、確かに、私は魔上皇后と呼ばれている女。 「確かに、お家は安全でございます」  魔上皇の妻の称号にして、魔神皇、魔神皇女の母親でもある。  何ら会話もなく、夫の意が汲めるのは、何より、彼女自身の危機管理能力の発揮だった。  彼女は、恐らく、既に夫の身辺の不穏を、感じ取っていた。 「参ります。車の用意を」 「はい。ただいま」  現れた、三鷹さんが首を垂れた。  東京都千代田にある、稲荷山コーポレーションの本社。  国家霊的守護の要でもある場所。  また、勘解由小路家の金蔵でもある場所だった。  最上階は、稲荷山宗治のオフィスであるが、その隣に、稲荷山コーポレーション警備課という、重要なセクションが存在していた。  まあ!ああ、お姉様?!驚愕に満ちた、猫なで声が発せられた。 「深夜の来訪、失礼します。水仙さん」  稲荷山コーポレーション警備課の長、稲荷山水仙(すいせん)の姿があった。  彼女は、勘解由小路降魔を主筋と仰ぐ、稲荷山牡丹(ぼたん)と並ぶ、稲荷山家の頂点の一角だった。  元来が、稲荷山トキが擁した、霊的適正に満ちた孤児でもあった。  その能力は、霊撃力に満ち、また、高い身体能力も有している。  つまり、九字を切り、蝦蟇(がま)を従えるタイプの、忍者として知られていた。  ビジネスにおける、諜報、身辺警護を、一手に担っていた。  ところで、 「ああ♡何てエッチな匂い♡ああ♡お姉様♡ハアハア♡」  水仙は、複雑な性を抱えていた。 「――水仙さん?」 「は!――ああ!申し訳ありません!つい!」  慌てて、何かのスイッチを切って膝を折っていた。 「私の感覚のままに、動いてみたのですが。そうですか、昨日、ですね?降魔さんがここにいらしたようで」  時間の経過すら、ほぼ自在に嗅ぎ分けていた。 「はい。昨日、降魔さまのご来訪を賜り、街に蔓延る何らかの捕獲をご命じられました。しかし」  ギリっと、臍を嚙んで水仙は言った。 「現在、タイプライター悪魔と協力し、賊を追っているのですが、社員が――2人、殉職しました」  重々しく、水仙は言った。  タイプライター悪魔。服部さん、ですね?  それ自体が、降魔さんが、今回の件で、どれほど傾注しているのが解る。 「賊は、恐らく、何らかの錬金術師と思われます。社員は、独で見るも憚られる、死に様を晒していて」  そうですか。私は立ち上がった。 「恐らく、既に降魔さんは、敵が何であるかを承知しているはずです。降魔さんは、恐らく先を見ています。その上で、何が起きるのかを考えると――あ」  見えた。敵が、何を、いや、を狙っているのか。  文化祭。ですが、私が呼ばれなかった以上、それはすべきではない。 「ただいまより、勘解由小路家は、昼夜の二交代制を敷きます。私は、昼、水仙さんとご一緒しましょう」 「ほ、本当に?!あああああああああああああああああああ♡!」  この瞬間、稲荷山水仙は、腰を抜かして、潮を吹いていた。  ええ坊や。私は、ママは、君を守りましょう。命に代えても。  勘解由小路真琴は、ほぼ勝手に、覚悟を完了させていた。
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