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ジル・ド・レの影を追って
あああ、真琴、水仙に会いに言ったな?
急な来客を、俺は、自宅で受けていた。
一番危惧してたのはあれだ。うちの子守ろうとして、現場が無茶苦茶になるってのがあったんだが。
真琴が、学校来たら、多分文化祭終わる。一瞬で。
その上トキまで来たら、学校そのものが終わる。一瞬で。
怖いのは登下校だが、戦部さんがいるからなあ。
「――それで?何かあったか?」
来客に、俺はそう告げた。
道玄坂のこいつの別邸は、庭を随分弄っていたようで、特に、庭に小川を作っているようだった。
少し、目を疑った。ここは尾瀬か何かか?
水芭蕉が、勝手に自生していたようだった。
しかも、この一角だけが、異様に涼しかった。
「何か――か。被害者は、これで7人に上る」
「へえ。意外にも、警視庁は頑張ってるじゃないか。奴の歪んだ性癖を考えるとだな。一説によると、1440年に処刑されるまで、1500人だぞ?10年間で。3日に1人は殺っている。首を並べて、どれが一番か決めたって、おばさん2人の本にも、そのエピソードが書かれている。ヘンリー・ルーカスって、反吐の出るような最低のほら吹き野郎がいたろう。あのおばさん2人は、あいつの吐いたホラを、さも本当のように書いていた。死の腕とかいうクソ集団があったことまでな。まあ、ジルに関しちゃ多少の誇張はあったが、それはローマの常套手段だしな?」
ヘンリー・ルーカス。警察関係者なら、恐らく誰でも知っている。
少なくとも、3人を殺害した強盗犯だったが、逮捕後の自供で1000人以上を殺したことになっていた。
自供が終われば、恐らく処刑されることを恐れて、警察の言うがままに殺人を自供したものと思われた。
だが、おばさん2人、桐生操が、そんな本を書いていたとは。
「何、クソ安いコンビニ本だ」
島原に先んじて、そんな返答があった。
ああ、まあ、桐生操はアングラなエログロ本を出していた記憶はあった。
「だが、そのジル・ド・レだ。本当に、奴は生き返ったのか?どうやって」
「違う可能性は、あるにあるが、いずれにせよそういうタチの人間だろうな。奴は、オルレアンが生んだ狂女、ジャンヌ・ダルクに置いてけぼりにされた、真の変態野郎だ。一緒に死ぬことも出来ず、神を呪い、イギリスを呪った馬鹿野郎は、己の欲望のままに、菊花を刈り取っていった。地獄に落ちたあいつを、掬い上げた奴がいる。フランソワ・プレラーティー辺りだろうな。うちのジジイとはジャンルの違う変態だな」
「ジャンヌ・ダルクは、聖女だという向きもあるが」
「神なんてのがホントにいるんなら、百年戦争なんてくだらん戦で、フランス側に立った女を担ぎ出して堪るか。それなら、ロンメルもルーデルもヒトラーだって、守護天使になっちゃうだろうが。戦争は人類の宿痾だ。神がもしいるなら、枕抱えて寝ちまうのが道だろうさ。お前は、フランスみたいな野蛮な国家を守護する側に立つのか?キリストの生まれ変わり」
それを言われてしまうと、何も言えなくなる。
そもそも島原は、造物主に対する立場を、明確にしたことはない。
宗教に縋るほど、暇ではないのだった。
「もし、プレラーティーがいるなら、逆打ちくらいしたんだろうな。死国見たか?例の死者復活の儀式だ。だが実際、当然にも奴自身くたばっていた。プレラーティーを、現世に引っ張り込んだ奴がいる。そもそもの元凶は、あいつってことになる。多分、とっくに生まれてた、例のゾーイのガキだ」
「ああ、前に、生まれたゾーイの子か。そもそも、彼女が妊娠した原因は?父親は、誰なんだ?」
少し、黙考して俺は応えた。
「忌々しいことに、それは俺の精子だった。ゾーイは、ただの代理母だ。卵子提供者は、別にいる。そもそも、簡単に受精しないはずの俺の精子が、何故か受精した時点で、その受精卵は死ぬだけだった。それを、無理矢理腹に埋め込んだのがゾーイだった。アマツカガチは、ゾーイを変容させただけだった。本来死ぬはずの、流れるだけの命を、外法によって長らえさせたのがゾーイだ」
外法。霊的な術ではないが、ゾーイが修した技術は、確かに外法だった。
「まあ、それで生まれたガキは、今羅吽の管理下にある」
「羅吽か。あれも、何なのだろうな?それと、その子供は、一体何を望んでいる?」
「人を知らず、命を知らず、無機質な欲求に満たされたガキが狙うのは、あいつだ。同族嫌悪か、他に何かあるか解らんが、迂闊にガキの狙いがうちの坊主だとバレると、大変なことなりそうだしな。ガキ抹殺隊を結成しそうだし。出来れば、この件は俺がコッソリ片づけたい。だから、出来るだけ急いでジル・ド・レを探したいんだがなあ。お互い忙しそうだし、な?」
確かに。稲荷山が経営する学園は、財界の大物の子弟で占められている。
どうにも、お互いもどかしい思いを抱えていた。
「勘解由小路、改めて問う。その、子供の狙いは、何だ?」
ああ。重い吐息と共に、勘解由小路は応えた。
「狙われてるのは、うちの長男の、流紫降だ。若い魔王の、戦いだとでも、言うのかな?」
2人の間を、冷たい風が吹き抜けていた。
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