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こんな皇女いたら怖い
おっさんはおっさんで、何か頑張ってるみたいだし、私も、まあやるかあ。
田所紀子は、自身のコネだとか、影響力だとかを全集中することに決めた。
もっと、手軽い相手がいたのは事実だし、もっと、現実的な相手というのはいたのだが、このあとの展開であるとか、自身の飛躍というものに重きを置いた場合、これ以上の相手はいなかった。
要するに、この国のトップと会話をすることを決めていた。
多分、稲荷山鵺春ですら、これはやっていないと思ったからだった。
日本の経済界のドン。という人物を挙げるならば、まず思いつくのが、彼、村島耕造翁だった。
村島は、来訪希望者のリストの中に、極めて興味深い人物がいたことを発見した。
しかも、電話は今朝の9時だった。
この村島に、いきなり来るとのたまうのか。
この村島耕造という人物、戦後の東京という、波濤のような荒波を乗り越え、全ての頂点を手にした人物だった。
何もかも灰燼に帰した東京で、ヤミ屋の下働きから、トラック一台でここまでのし上がってきたのだ。
稲荷山トキ?まあ美人だった。
勘解由小路細?会ったことない。
面会時間は、午後13時。
わざと、13時15分に、村島は客間に向かった。
まあ、いつからだろうか。村島が、ここに足を向けた時、時の総理大臣ですら、首を垂れてつくばっているのを見るようになったのは。
儂は、そういうのが嫌いだ。どうしても、会ってくださいと頭を下げるのは理解出来るが、つくばうのは、自身のプライドが許せんのだ。
でもまあ、総理が這いつくばっているのを見るのは、中々に痛快ではあったし、今回の面会相手――百鬼姫と呼ばれる娘は、どうするのだろう?
皇族、それも、現帝の娘となれば大変なものだし、彼女自身の功績も、また多大であるのだった。
タマムスビヒメは、どう出る?
襖を開いて、村島は絶句していた。
何と、この村島耕造に、この娘っ子は、あろうことか、背中を向けて庭を眺めていたのだった。
大変な無礼である。と一瞬思ったが、実際のところ、面会時間を遅れたのは、村島自身であったし、ならば、客が庭を眺めていても、おかしなものではなかった。
「ああ、これはこれは、遅れまして、申し訳ありません。姫」
「え?ああ、いい庭ですね?これはまさに小浄土ですわ」
そう応えがあったのだが、彼女の本心を正確に理解するならば、
お前、もう少しで浄土行きだったぞ?といったところだった。
内心、こんなしょうもないところで、自身のデッド・オア・アライブをさ迷ったことなど、あまり考えたくはなかった。
「うん。しかし、拙宅に、こんなに可憐なお嬢さんを迎えるとは、長生きはするもんですなあ?」
座布団の横に正座した姫は、
「本日は、無理な面会のお願いを聞いてくださいまして」
そう言って、すっと首を垂れた。
卑屈さなど、まるでない所作だった。
この瞬間、村島は、軽く飲まれていた。
「あ――ああ、しかし、今年も季節の変わり目は、よく解りませんなあ?暑いのか寒いのか」
「急な、寒の虫に煩わされることもございます。御身、お愛いあそばせませ。まあ、煩わしい世間話もそこそこに、初めてよろしいか?」
ラリーンと輝く怪しい眼を、村島は見た。
ところで気付いた。儂のボディーガード、銃とか持った、普通の賊しか退治出来んのだが。
一瞬で、命を奪われるかもしれない。そう思わせるには、十分な眼光だった。
「時に、老公、お化け屋敷とか、興味あります?」
逆に、面食らうよな。お化け屋敷?
「え?ああ、ああ、懐かしいねえ?儂が若い頃は、あれだ。オオイタチを見た」
コロコロ笑って、紀子は口を開いた。
「大きな板に血?キチンと説明せんと通じんとか、昨今の若者は、教養が足らんのよ」
え?儂、今、生と死の境目に、いる?
「ああまあ、で、私達、私立狐魂堂学園の生徒は、みんなでお化け屋敷作ってるんだけど、来る?来てくれます?500円、だけど。入館料」
村島は、ケチではないが、そういう無駄な出費は、それこそ親の仇のように嫌う。
去年、稲荷山の小僧の呼ばれて来た時も、タダでコーヒーにケーキを食ったのを覚えていた。
「村島翁レベルの上客であれば、お足は要らんとか、理事長は言ったかもしれないけど、それだと、つまらないでしょ?お客の本気に応えてこその、商売人、でしょう?」
それ、姫の台詞なのか?
「ああ、私?今、高校生なの。それでいて、商売もやってる。学園の父兄って、しょうもないプチブルばっかりなのよね?そこで、あの村島耕造来たあああ!ってなれば、お互い、美味しいとか、思わない?」
ハッキリ言っておく。儂、そこまで商売する気ないのだが。もう引退しとるしな?
だがまあ、こうして百鬼姫がわざわざ来た以上、ここで終わり、ではないよな?
「しかも、今回は凄いメンバーが来るわよ?毎年、学園じゃ芸人だとか、アイドルとかが来るでしょう?それは鵺春ライン。私ラインの話、聞く?」
そう言って、前売り券を畳の上に置いた。
「あああ、何か、来ていたねえ?北の方の、漫才ぶほおおおお?!」
茶を大噴射して、前売り券を掴んだ。
「こ、こここここ!これは?!」
「うちのおっさんのマブダチの、鬼哭啾々と、そのお友達ってアーティストね?」
「それは知っている!ぷいきゃーに!それに!それに!蘆原美鈴か?!夏の桜の?!」
「もう散っちゃったけど、その桜、見たい?夏の桜見物ツアー付きで、この最前列、どう?桜の下で美鈴と握手したり、限定販売の写真集も付いて、料金込みで300万だけど?買う?」
蘆原美鈴ファンクラブナンバー2、、村島耕造って、鬼頭に聞いといてよかったわ。
「買うううううううう!買います!買わせてください!お願いします!!」
人類は、今、ドンと呼ばれる男が、首を垂れてつくばっているのを、目撃していた。
どう?おっさん。キング、落としたわよ?
まあこの瞬間、紀子は文化祭に、勝利したことを確信していた。
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