彼女とチョコミントを遠ざけたい

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 唯花の身体が天秤だったとすれば、次の瞬間、いったいどちらのほうへ傾くだろう。絶対的質量で言えばおれの圧勝なのに、心理的質量はどちらのほうが重い? きめ細かさはチョコミントに負けるかもしれない。  しかし、おれは大事な恋人を、冷やしながら混ぜ固めたクリームごときに譲りたくはないのである。  この想いを彼女に向かって、スプーンにのせて届けたい。  食べてほしい。  五臓六腑に至るまで吸収してほしい。    その気持ちが、つい先走ってしまった。 「それはかっこいいね。でも」 「でも?」 「チョコミントよりも、おれのほうが上にいないなら嫌だな」  ああ、歯の浮くような台詞を吐いてしまった。十代で全ての歯が浮くのはもう比喩表現云々以前に病院へ行くべき世界だ。浮かなくてもアイスばっかり食べていると虫歯になるだろう。母親の言うことは間違っていないな。  チョコミントを馬鹿にしたわけではないにせよ、チョコミントより自分を優先するよう求めたおれの言葉に、唯花は困惑したような表情を浮かべていた。アイスに嫉妬する可哀想な男とみるか、初心(うぶ)なところがあるとみるか。おれはだまって言葉を待っていた。 「えー。ねえ、どっちも同じくらい好きっていうんじゃだめなの?」  ようやく唇を開いた唯花の消火弾を浴びる。  欲を言うならその手に持っているチョコミントを地面に叩きつけて、おれの手を両手で包み込んでもらいたいというのが本音だ。もちろんおれに逆をしろと望むのなら、この左手で所在無げにしているバニラソフトなど、甲子園球児が羨望の眼差しで見つめるような球速をもって、ゴミ箱に叩き込んでやる。  というかおれはアイスクリームと同列なのかよ。なんか悲しいな。いや、はっきりと悲しいぞ。 「同率一位ってこと? んー、それは――」  少しくらい不満を言っても許されるだろう……と、唯花の心の扉を押し開けようとした瞬間。  彼女の唇はチョコミントでなく、おれの唇をとらえていた。正直言っておれは低身長で、唯花のそれと大差ない程度だった。だからこそ、彼女がこんな芸当をやってのけることができたわけで、正直言ってファーストキスの味なんて、緊張しすぎてそんなに後々まで覚えていられねえよ。  この間、ほんの数秒だったはずなのに、時の流れがスーパースローカメラの映像みたいにゆっくりと流れていた感覚がある。やがて唯花が唇を離した瞬間、街の喧騒の音がゆっくりと耳にフェードインしてきて、頭がくらくらした。  唯花は天真爛漫に笑顔をはりつけて、一言。 「でも、きみは舐めても溶けたりしないから、僅差できみのほうが勝ち」  それでもわずかなのか……と思いつつも、これは人類が火を使うようになったのと同じくらい大きな一歩だ。溶けないからいくらチューしてくれてもいいぞ、と言えるほどの豪胆さをおれはまだ持ち合わせていない。なにより、ある意味では溶けているかもしれないし。脳みそとかが。  唯花はもう一度、スプーンでチョコミントのアイスをすくって口に運ぶと、どこか勝ち誇ったような表情で訊ねてきた。 「嫉妬深いきみも、これなら理解できたね?」 「はい。ありがとうございました」  テコンドーのテの字も出てないのに、なんだか知らない間に、おれは見事なノックアウト負けを喫していた。 /*end*/
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