彼女とチョコミントを遠ざけたい

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 ここで湿布が必要になるタイミング三選。  その一、仕事で疲れ果てた親の帰宅後の第一声。  その二、最近は杖をつかないと歩くのが辛そうな祖父母。  そしてその三。  身体のどこかを、なんらかの原因で痛めたとき。  ゾクリ。アイスはさっき唯花にもらったチョコミント一口分しか食べていない。指に冷たい感覚が走ったので左手を見やると、まだ口をつけていない自分のバニラソフトがだらだらと溶けはじめていた。垂れてきたバニラ味のべたべたする雫を無造作に舐め取ると、おれは訊いた。 「……念のために訊くけど、歯磨き粉だって言ったやつは?」 「そんなに歯磨き粉のにおいがイヤなら――っていう思いやりの心で、もう歯を磨かなくてもいいようにしてあげたよ」  顔と声が笑っているのに、この底冷えするような感覚はなんなのだろうか。思いやりとお節介は紙一重だというが、いま唯花が話したことは、そのどちらにも当てはまっていないような気がしてならなかった。 「磨かなくてもいい?」 「だって、()()()()()()()なら、もう磨かなくてもよくなるでしょう?」  自分の子どもに「子どもってどうやってできるの?」って訊かれたときも、こんな気持ちになるのだろうか。おれはこの唯花の問いに、なんと答えたらいい。模範解答は「確かにそうだな」なのか「え、どういうこと?」とすっとぼけることなのか。  でもおれだって、まだ自分の歯が惜しい。せっかく最近に虫歯の治療を終えたばかりなのだ。最終的に全部折られるなら、ハナから引っこ抜いてもらったほうが楽だった。それはちょっと、いや、かなり御免こうむりたい。 「わたし、本当はけっこう、強いんだぁ」  屈託ない笑顔の裏に何が隠されているのか。さっきから、唯花のかわいらしい唇から紡がれるとは思えない物騒なワードばかりが聞こえてくる。ぶん殴られたわけでもないのに、頭の奥がツーンとしてきた。 「強いって――」 「両親が厳しいの。知恵をつけるだけじゃなくて、強い身体をつくらないとだめだーって言って、小さい頃からずっとテコンドー教室に通ってるの」  新情報にしては衝撃が強すぎる。別に唯花から蹴りを見舞われたわけでもないのに、後ろに吹っ飛んた衝撃で、ビルの壁にヒビでも入れてしまいそうだ。確かに唯花の見かけはふにふにしているというより、可愛らしさまで削がない程度に、無駄なものを除いているような印象がある。その理由が体力錬成なら、まあ納得するしかあるまい。 「知らなかった」 「誰にも言ってないからね。伝えたのはきみが初めて。……もちろん、クラスの皆には内緒にしてくれるよね」  変に目立ちたくないからさぁ、と彼女はのんびりした調子で笑った。もし他言などしたら、本当に蹴りを食らいそうだ。おれは壊れたおもちゃみたいに何度も首を縦に振る。わかりやすく眉をひそめながら、唯花は言葉を続けた。 「本当はね、そんなことしたくない。みんな好きなものを好きって素直に言える世界がいい。でも」  唯花の足が止まる。おれもつられて立ち止まると、急に唯花はおれの右手をとった。つながれるおれの右手と、彼女の左手。そして彼女の右手には、チョコミント。 「わたしは、きみのことも含めて、自分が好きだと思うものを(けな)されるのだけは絶対に許さないよ」
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