1.余命宣告(セレスティン・エルデン・ナイトフォール目線)

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1.余命宣告(セレスティン・エルデン・ナイトフォール目線)

「恐れながら……閣下の身体を蝕んでいる病を治す術は、現時点ではございません」  専属医師ラファエルの言葉に、セレスティンはピクリと眉を動かしてから口を開いた。 「……疲れのせいか聞き間違えたようだ。悪いがもう一度言ってくれ。ただの過労だろう?」 「いいえ……、いいえ。閣下の病はファントム・マレーズ病です。近頃疲労感を感じられていたのは、激務による過労ではなく……!」 「馬鹿な……ファントム・マレーズ病だと? まさか……いや、言っても仕方がない事だな。では、私はあとどれくらい生きられる?」 「この病気の研究は殆どされておらず、未だに原因すらよく分かっておりません。ですから余命についても正確な事はなんとも……。先例を参考にするなら恐らく十年ほどしか生きられないかと……」  ファントム・マレーズ病。発症原因は不明でありながら、致死率九十パーセントを超える恐ろしい病で、罹患する者が殆ど居らず、主に地方に住む平民がかかる事から、皇都での研究もろくに進められていない。 「話は分かった。念の為他の医者にも確認する予定だが問題はないな?」 「勿論です」  セレスティンの言葉にも、彼を見つめるラファエルの瞳は少しも怯まなかった。よほど診断結果に自信があるのだろう。ラファエルの名の通り彼の腕は国で一、二を争うほどと有名で、セレスティン自身も信用していた。家門の当主という立場上、誤診の可能性を潰す為に他の医者にも診てもらう必要はあるが、誤診はあり得ないだろう。 「……治療はお前に任せるとしよう。一応聞くが、今から研究して十年以内に治療法を見つけられる自信はあるか?」  セレスティンの言葉にラファエルは少し言葉を詰まらせた。つまりはそういう事だろう。 「下がって良いぞ」  セレスティンの言葉に、深々と頭を下げてから静かに退出するラファエル。彼が消えた扉を見つめながら、セレスティンはぼそりと呟いた。 「無理をしてでも婚約を破棄せねばならないな……」  太古の昔、王都を守る結界を張った褒賞で時の国王直々にその名をミドルネームとして与えられ、公爵に叙爵された六人の魔術師。王国が帝国になった今でもその六家門は、初代公爵達が張った結界を守る為に存在し、六大公爵家と呼ばれ他の貴族とは一線を画している。  セレスティン・エルデン・ナイトフォールも、エバーナイト公爵として六大公爵に名を連ねている。そして六大公爵家当主の内、唯一の独身でもある。  六大公爵家は皇帝からも一目置かれる存在。だが結界の守護という役目がある以上、決して跡継ぎを欠いてはならない。故に先日第二皇女と婚約させられたばかりだった。 (皇族との婚約を拒否するのはそれなりの理由が居る。その労力を考えれば、妻として迎えてから権限を制限する方が楽だと考えて話を受けたが……)  余命十年では生まれた子供が成人するまで見届けられない。セレスティン亡きあとは公爵家の決定に第二皇女と皇太后(あの女共)の意向が反映されるだろう……。 「……バーナード、居るか」 「はい閣下」  間髪入れずに入室したバーナードに、セレスティンはたった今決めた事を告げた。バーナードの役職は執事だが、実際にはセレスティン直属の部下として主にセレスティンのスケジュール管理や仕事の補助、身の回りの世話までしている。使用人の頂天である家令よりも給料が良く、ひそかに影のトップと囁かれている人物だ。 「第二皇女との婚約を破棄するつもりだ。その上で養子を迎える。それからもう二人くらい腕の良い医者を手配してくれ」  皆まで言わずとも、バーナードなら全てを察して口の固い医者を手配するだろう。そう確信出来る能力の高さがセレスティンに気に入られている理由の一つだ。 「……承知いたしました。養子はどこから迎えますか?」 「そうだな……肉親の介入は避けたい。孤児院から素質のある者を探すとしよう。私が生きている間に成人するとなると、五歳前後……頭が固くてもいけないから上は八歳までだ。その条件に合う子供が居る孤児院をまとめておいてくれ」    ◇◆◇◆◇◆  それから数日。追加で呼んだ二人の医者からもファントム・マレーズ病だと診断され、セレスティンは将来の為に本格的に動き出した。  だが、バーナードがまとめた資料を元に孤児院を何軒か見て回っても、セレスティンの眼鏡に叶う者はなかなか見つからない。 「……想像以上に難しいな」 「平民はどうしても魔術の才能に劣りがちですからね。才能があれば将来を約束されたも同然、親も手放しはしないでしょう。唯一の例外は赤ん坊の頃に捨てられた子でしょうが……」  セレスティンはバーナードの言葉に同意するように頷いた。魔術の才能があると分かれば将来が開ける。多少無理してでも親は手放さないだろうし、仮に孤児院に入れられても、素質に気付いた者にすぐに貰われていく。  赤子はまだ魔術の才能の有無が分からないので捨てられる事も多いらしいが、本人に自分が捨て子だと自覚させる事なく育てられるし、書類上はともかく、周囲には実子だと公表しやすいのでそちらも需用は高い。  つまりは残っているのは魔術の才能に乏しいか、手がつけられなくて売れ残った癇癪持ちか、よほど見目が悪いかの三択。  根気強く新たに子供が預けられるのを待つという手もあるが、それには少々時間がかかるし噂になるので婚約破棄に支障を来しかねない。 「近場はあと一軒だけか。ここで見つからなければ遠方に赴く必要があるな……」    ◇◆◇◆◇◆ 「帝国の守護者様に御挨拶を。お待ちしておりました、条件に一致する子供達はこちらに」  孤児院の主であろう女性がにこやかな笑みでそう言ったようだが、セレスティンの耳には全く入らなかった。女性が胸に抱いている赤子。その髪の色がどうみてもセレスティンの家系の特徴、それも自分よりもずっと源流と言って差し支えないほどのものだったからだ。 「……その子は?」 「この子ですか? 今朝方引き受けた子です。なんでも魔女の生贄にされていたとかで……」 (魔女……。私の領地と隣の領地の間に広がるあの森に住むという、かの者か。確かに生贄に捧げれば、それに見合った強力な力を授けられるのだろう。見る目はあるようだが、我が血筋の者を易々と生贄にされてはたまらない) 「その子を貰おう。大至急手続きをしてくれ」 「えっ? まだ赤子ですが……いえ、なんでもございません、すぐに手続きいたします」 「……よろしいのですか? 条件には合っていないようですが」  不安げな表情で問うてきたのは、傍らに控える護衛騎士。その言葉でこの者が結界修復の儀式に立ち会った事がないという事実に気が付いた。  一年に一度の結界修復の儀式。その時セレスティンの黒髪は自身や周囲の魔力に触発され、うっすらと虹色に光り輝く。  太古の昔、平時からそのような髪の色をしていた初代公爵は、「まるで夜空に輝く星々のようだ」と国王に評され、エバーナイト公爵の称号を賜ったという。つまり、今目の前に居る子供は初代公爵に匹敵する魔力を発現する可能性があるのだ。  自身の代わりに説明するバーナードの声を聞き流しながら、「エバーナイト公爵の位を継ぐ者としてこの子以上に相応しい者は二度と現れないだろう」、とセレスティンは満足げに微笑んだ。 「悪いが至急、我が家門に連なる者に肉親が居ないか調べてくれ。家を出た者も含めるように」 「かしこまりました」  男爵位まで含めれば傍系はそれなりの数居る。大半の者は結界修復の儀式を見た事がないだろうから、この赤子の特殊な髪色を見て薄気味悪いと捨てた可能性が高い。セレスティンは次期公爵となる赤子に対する不安の芽を徹底的に潰すつもりだった。  帰宅後。思わぬ出会いを振り返りながら執務室のソファに深く沈み込み「それにしても」とセレスティンは独りごちた。 「たった数軒回っただけでここまで疲弊するとは。想像以上に体力が落ちているようだな……」  ファントム・マレーズ病。ラファエルは余命十年と言ったが、自由に歩き回れるのは五年程度と考えた方が良いのかもしれない。
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