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「あの時は本当に申し訳ありませんでした」
肩を窄ませるメアリの背中をさする。
「責めているわけではないよ。感心しているんだ」
「そ、それは……ノーサンバレーの駅に女性用のトイレが新しくできていたので、中で、博士の元へ行くときにいつも着る、下男の服装に着替えました」
「そこからひとりで列車に乗って、王都に戻り大学まで行ったのか。いくら男装をしていても、怖かっただろうに」
「前世では、たまにひとり旅をしていました」
「女性がひとりで旅を? 危険ではないのか? 君の世界ではそれが当たり前だったのか?」
「日本は治安がいいので、危ないところに近づかず真夜中に出かけなければ、女ひとりでもそれほど危険ではありません。ただ、ひとりで観光スポットに行くと、周りはカップルや家族連ればかりなので、孤独が身に沁みました」
メアリが肩をすくめていたずらっぽく笑った。
「君はひとりで旅を楽しんでいたのか。他に、どんなことを楽しんでいたんだい?」
「……コンビニ限定のサツマイモスイーツが美味しかったかしら。他には、交番に携帯電話届けたらお礼状が来て、痴漢から助けてくれたおばさまがいて、弟とは仲悪かったけど姪っ子は可愛くて……取るに足りない人生でしたが、思い返せば小さな喜びがたくさんありましたね」
ブルネットの豊かな巻き毛に、僕は指を絡ませる。
「君の前世は、取るに足りない人生ではない。裕福ではなくても高貴な男が傍にいなくても人生を楽しんだ、心豊かな女性だったんだね」
途端、メアリは悲しげに顔を歪ませ、僕の腕にしがみついてきた。
「ああ殿下……いえ、もう一度ロバート様と呼ばせてください。今だけは、あなたの……ただの恋人でいたくて……はしたない女と軽蔑してください……」
ローズ色のドレスは、メアリの想いを叶えようと夫人が見立てたのだろうか。
僕と彼女の最初で最後の夜。
僕は勇者セオドアの末裔で、エリオン教を守る使命がある。
結婚とは聖なる誓いで、口づけは聖王の祝福を得てから許される……この状況でそのような誓いを、どうやって守れよう。
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