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「前世では殿方と縁がなく、お付き合いどころか、二人きりでお茶をすすることも叶いませんでした。あ、上司との面接はありましたが、お茶とは言いませんよね。でも」
伯爵令嬢は首を傾げて微笑んだ。
「ロバート殿下と過ごす日々は、夢のようでした。孤児院の可愛らしい子たちと遊び、美術館のセレモニーではテープカットさせていただき……ああ、それに!」
彼女はハッと身を竦ませる。
「あのイリス勲章授与式! 憧れのテイラー先生に会えるとは……ええ、私には過ぎた幸せでした」
ぼんやりと天井に顔を向ける女の両頬を掴んだ。
「僕と君がただの貴族なら、婚約破棄となっても両家だけの問題だ。が、君は王太子の婚約者としてネールガンド全国民に知られている。僕らの破局は、国家を誤らせることになる」
勢いづいて国家の運命を語ったが、大げさだったかもしれない。が、我が王家への信頼を損なうことは間違いない。
不満げなメアリの身体を揺すった。
「前世はニホンジンだったという愚かな思い込みを捨てろ! 『聖王紀』の魔王ネクロザールの段を読み直せ。自分がどれほど恐ろしいことを口にしているか、わかるはず」
メアリはぼんやりと、形の良い指を茶色い革表紙に滑らせている。
「僕もいい方法を考える。ネールガンド王国のために、僕らが聖王の祝福のもと結ばれるように。これから伯爵と話をする。君はここで待つように」
婚約者の返事を待たず、僕は部屋を出た。
私の前世はニホンジンです――
ニホンだと? そんな国、伝説にすら聞いたことがない。しかも彼女は不謹慎にも、我がネールガンド国、いやゴンドレシア大陸そのものが、前世で創られた物語世界だと断ずる。
そのような女を王室に入れるわけにはいかない。このままでは、婚約破棄は免れない。
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