1、イタい片思い

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 翌日、煩い母親に捕まらないうちに達也は家を出た。グッズは全部リュックの中だ。  今日のみなみのライブは横浜だ。達也はチェックのシャツを着てストレートジーンズ、足元はスニーカーだった。会場のミニシアターに着くと顔見知りの推し達と手をあげて挨拶する。イッチ、ジロー、アッチーだ。みんな、本名は言わない。年齢は全員30代。  4人の中のリーダー格のイッチが得意げに言った。 「俺さ、今朝の5時からシアターの前で並んでいたわけ。オールスタンディングじゃん。ツレのお前らのためにも命張ったわ」 イッチは最前列に当たる場所に私物を置いて、達也達の場所を確保していた。 ライブが始まると30代の推しのおじさんたちは、ハッピを着てうちわを振りまくり、野太い声で「みなみちゃ〜ん!」と応援する。その瞬間は嫌なことも劣等感も年齢も忘れる。  椿みなみは、公式では18歳ということになっているが、本当は23歳だった。ミニスカートにファンタジーゲームのキャラのような衣装にうんざりしていた。コアなファンは確保しているが、それ以上広がらない。事務所の方からも退所を仄めかされている。 その日もライブの後のスケジュールが空いていたので、コアなファンの男性達とお喋りをすることにした。みなみの方からイッチに声をかけた。この4人に、みなみは感謝していた。いつまで芸能人をやっていられるか分からないけど、最後の日まで一緒にいてくれたら嬉しい。
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