猫魚は海に帰る

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「ごめん……でも、こうするしかないんだ」  これが正解なのか分からない。だけど、引っ越しするお金もなければ、預かってくれるような人もいない。ならば元いたであろう海に返すしかないのだ。 「にゃー」  猫魚が僕を見上げて鳴く。月明かりに光る瞳。この状況を理解しているのか、それとも僕を責めているのか分からなかった。ただ、僕をジッと見上げて、「にゃー」と声を上げていた。  僕の視界が歪む。涙が溢れていた。SNSにあげさえしなければ、もっと一緒に居られたかもしれない。だけど、情報は欲しかった。それだけにしておけばいいものを、僕は自分の承認欲求を満たそうとして、逐一報告していたことも否定出来ない。そもそも、あの時すぐにでも、海に帰していれば――だけど、それですら正しいのか分からない。  僕は跪き、濡れるのも構わず目の前の猫魚に謝ることしか出来ずにいた。不甲斐なさでいっぱいだった。  懺悔していると、ふいに遠くから「にゃー」という声が聞こえた。明らかに海の方向から聞こえたことで、僕は驚いて顔を上げる。 「にゃー」「にゃー」「にゃー」  いくつもの声が響き渡る。呆然としていると、小さな何かが月明かりの下で跳ねているのが見えた。  目を凝らす。数え切れない程の猫魚たちだった。波に揺られながらも、各々が鳴きながらこちらに近づいてくる。 「にゃーにゃー」  バケツにいた猫魚が身を乗り出して、声を上げる。  僕はバケツを持ち上げ、海に入った。半身が浸かるぐらいまで進むと、バケツを海面に傾ける。途端に猫魚が自らバケツから飛び出す。 「……仲間がいたんだな」  僕が知らないだけで、猫魚はたくさんいたようだった。上手く人間から姿を隠し、生活していたのだろう。  仲間の方へと向かっていた猫魚が、動きを止めて僕の方を振り返る。何度か瞬きを繰り返すと、再び前に向き直り鳴き声がこだましている集団の中へと姿を消した。  月の沈んだ光り輝く海面を黒い影が跳ねて進む。  その姿が消えるまで、僕はぼんやりと波に揺れ続けていた。  
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