猫魚は海に帰る

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 雨上がりの海岸沿いは、海の匂いが濃く感じられた。見晴らしの開けた舗道からは、薄雲に覆われた空と暗い影を落とす海が横目に広がっている。台風の時は危険な為、この辺りには近づかないようにとお達しが出るような場所だった。  真っ直ぐに伸びている道路には、瞬間的にもたらした大雨のせいで、いくつもの大きな水たまりが出来ている。  僕は出来るだけ水たまりを踏まないようにして、自宅へと歩みを進めていた。  ふと、いくつもある水たまりの中の一つに何か跳ねているのを見つける。魚か何かが紛れ込んだのだろうか。僕は興味本位で近づいてみる。 「なんだ……これ……」  そこには、鯉と同じぐらいサイズの生き物がいた。上半身が猫。しかも茶虎の模様だ。だけど、下半身は赤い尾ひれになっていて、ぴちゃぴちゃと跳ねている。  こんな生き物を僕は一度も見たことがない。これは未確認生命体というものなのか。人と魚で人魚というのは分かるが、猫と魚は聞いた事がない。僕は勝手に猫魚だということにして、その猫魚なるものを観察した。 「にゃー」  まさか鳴くとは思うはずもなく、僕は声も出せないぐらいに唖然とする。 「にゃー」  またしても鳴く。下半身にある赤い尾ひれとサイズ感を無視すれば、その辺にいそうな猫と遜色がなかった。  僕は周囲を見渡す。さっきの雨のせいか、通行人は誰もいない。僕を見上げる丸い目は鳴く度に何かを訴えかけてくるようだった。  連れて帰るべきなのか。でも、僕に育てられるか分からない。そんな葛藤があったが、僕はそのままにしておけずに、結局は持っていた袋に入れて帰ることにした。袋の口の部分を尾ひれにあて、そのまま水ごと掬い上げる。 「うにゃー」  何だか不服そうな声を上げられたが、今はこうするしかない。僕は自身の住むアパートに半ば走るようにして急いだ。
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