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第2話
「前久殿。これを」
俺は蘭丸の手から酒瓶を受け取ると、彼の前に差し出した。
慌てて持ち上げられた盃に、なみなみと注ぐ。
「貴方の働きは……。俺もよく理解しているつもりです。まだ先のことは分かりませんが、これからもよろしくお願いします」
真っ赤な服を着たきっと俺より偉い人が、驚く程目を丸くした。
その場にひれ伏すのを、複雑な気持ちで眺めている。
配膳役の侍女が空になった皿を入れ替える。
新しい箸と共に、刻んだ茗荷の乗ったカツオの切り身とアワビの煮付けを盆に置いた。
俺が最期に食う飯がこれになるのなら、この人生も悪くないのかもしれない。
ようやく顔を上げた公家さんが盃を持ち上げた。
「信長殿。私は今日のよき日のこと、生涯忘れはいたしませぬ」
「えぇ。互いによき思い出となりましょう」
朱の内側に金の塗られた盃の底に、鮮やかな菖蒲の花が浮かぶ。
喉を通る酒は熱く胃に流れこんだ。
「あはは。よい一日じゃ」
もし史実通り光秀が攻めて来るなら、それは明日の早朝。
昨日の賭けがどうでたのかは分からない。
それでも今は、今を楽しむのも悪くないと思う。
「父上、お久しゅうございます!」
見知らぬ若者が声をかけてきた。
父上?
そうか。この歳だもんな。
これだけ大きな子供がいても不思議ではないか。
てか、子供とかいたんだ。
俺はまだ独身だったんだけどな。
信長の結婚がどんなものだか知らないが、子供もいたんなら、もういいか。
「おぉ。元気にしておったか」
共に酒を酌み交わす。
子孫も残せているのなら、確かにもうこの世に思い残すことはない。
この栄華を頂点に俺が死ぬのも、ある意味神さまが俺に与えてくれたご褒美なのでは?
そう思うと、急に気が楽になった。
「皆のもの、今宵は心ゆくまで楽しまれよ!」
突然言い放った俺の言葉に、皆が喝采を送る。
一度は言ってみたかったよな、こんなセリフ。
そうだ。
明日のことなんて、誰も分からない。
こうやって未来からやってきた俺にだって、実際のところどうなるのかなんて分からないんだ。
現状、この世は確実に俺のもの。
キラキラと舞い散る紙吹雪と、美男美女の踊り。
美味い酒と料理があれば他に望むことなど、なにがある?
俺は酔った勢いで立ち上がると、ワケの分からない踊りを共に踊った。
もし明日死ぬのならば、それもまた本望。
言葉通り、戦地に赴く戦国武将なら、なおさらのこと。
この世は一時の夢なら、俺だって夢をみてもいいんじゃないか?
明日をも知れぬ命であることは、今も昔も変わらない。
狂乱の夜が更けてゆく。
満月から中途半端に欠けた月が、ぽっかりと夜空に浮かんでいた。
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