とりとめのない雨と捧げ物

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 長い長い雨季が訪れ、私は今年の巫子に選ばれた。   去年の雨上がりから今年の雨の始まりまでの間に15歳になった人間の中で、私の瞳の色が最も雨の色に似ていたからだ。  たくさんの人間が神殿に集められ、基準となる透き通ったエメラルド色の玉を瞳に近づけ、様々な光を当てて厳密に測られた。酷く眩しいその検査のたびに頭の中でちかちかと光が瞬き、その度に私の魂から何かが薄っすらと剥離していく。その審査の過程で一人また一人と数が減り、気がつけば私だけになっていた。  そして決まり通り、神殿に移り住むことになった。  巫子になるために私は全てのしがらみを捨てなければならない。家族からも友人からも、全てから切り離されてただ一人、雨が上がるまで過ごす。  豪奢な輿に乗せられ大きな雨傘を持つ従者を伴い、ザァザァと雨が白く弾ける細い道を通り、谷間に続く道を降りていく。この長い雨は世界に恵みを与える一方で、その過負荷な恵みは呪いを振りまく。だから巫子が祈り、雨の最後にそのもたらした恵みの一つ一つを供物として捧げる。  ひときわ雨の音が大きくなり目を上げると、その道の最も奥、私のエメラルドの瞳には真っ白な小さな神殿がうつり、その前に一人の人間が雨の中に煙のように浮かびあがっていた。神殿には誰もいないと聞いていたのに。 「こんにちは、新しいガソ。私は使徒だ。君の生活の手助けをする。そしていないことになっている」  その声は思ったより優しげで、まるで私をいたわるようだった。だから少しホッとして、本当はたった一人になることが心細かったのだと気がついた。 「いないことになっている?」  思い返せば神殿には巫子しか入れない決まりとなっていると聞いた。そして私をここまで運んだ村人は、まるで使徒がいないかのように振る舞っている。  改めて見れば、使徒は不思議な格好をしていた。白い長衣に真っ白な布を被り、その布で目元は隠されていた。手も白い手袋を履いていて、覗いているものといえば僅か、その整った口元だけ。  まるで雨の跳ね返るしぶきが人になったようだ。 「ガソ、君はここのことは何か聞いているかい?」 「私はここで、雨の終わりまで過ごします」  ガソ。それが巫子の名前。  私はすでに、もともとの名前を忘れてしまった。少し頭がぼんやりとしていた。
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