とりとめのない雨と捧げ物

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 使徒について神殿に入れば、思ったより奥行きはなく簡素な作りで、部屋の隅には埃が積もっていた。ここでは使徒がただ一人住み、他の者は神殿の内側に入れないという。現に私を連れてきた輿は、この神殿から去ってしまった。  使徒は目が見えない。それは最初に使徒から告げられた。だから管理は行き届かないだろう。ところどころにささくれが生じていても無理はない。それなら、私が掃除をしようか。そう思った。  使徒は私を籐の椅子に座らせ、湯気のたつ湯呑みを私の前に置いた、とろりとしていて、甘い香りがする。 「君の役目は一日に一度、これを飲むことだ」  その湯呑みに手を伸ばせば、それなりに熱い。ゆっくりと口をつけて喉に流し込めば、時々つかえながらも、なんとか飲み干すことができた。不思議と味はしなかった。その代わりとでもいうように、巫子の検査を受けたときと同じように、頭の中で光がはじけ、私の中の何かを消した。 「お疲れ様。君の部屋はこの奥だ」  使徒の指差す背後を振り返ると、廊下があった。 「この谷の外に出ない限り、何をしていたって良い。とはいってもこの谷の入口には見張りがいて、外に出られないけれども」 「わかりました」  使徒もこの谷を出られないらしい。  私はその日、傘をさして庭を見て回ることにした。庭と言っても神殿の外では雨が酷く降っていて、ぱちぱちと濃い緑色の分厚い葉の上で弾けている。そのばらばらという音は、まるで小石を大理石の通路にばらまいたよう。サンダルは雨に濡れ、白い長衣の裾の色が変わる。まるでこの世界の色が私に静かに染みていくようだ。  そうして私の最初の日は始まった。
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