とりとめのない雨と捧げ物

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「ガソ、目の具合はどうだい?」  ある日、使徒は私に尋ねた。 「なんだか、ごろごろします」 「そうか。ここは雨が集まるからね」  目の異常はここに来る前から感じていた不調だったけれど、ここにきてからとみに酷い。まるで雷が雨の中で振動するよう。 「耐えられなくなったら、気を紛らわす薬がある」 「使徒様は雨は……お嫌いなのですか?」  なんとなく、そう感じていた。使徒は雨の方向を向こうとしない。 「……嫌いだ。だから本当は、できるのならここから出ていきたい。けれども出ていったところで、どうしようもない。私は既にいないんだから」  その時初めて、使徒のため息を聞いた。確かに村にいたころも、神殿には巫子だけが住むと聞いていた。そしてふと私の方を見て、わずかに首を振る。 「君は雨は好き?」 「嫌いでは、ありません」  何度目かの問い。 「私も君も、この雨に愛されていた」 「使徒になったことを後悔されてるんですか?」  使徒のなり方なんて知らないけれど、使徒である限りここから出られないのだろう。 「後悔? ……さあ、どうかな。……とても嫌だったんだ」  その声はとても小さかった。まるで雨に聞かれないように潜めたようだ。 「雨を?」  使徒は僅かに、今度は明確に頷く。 「それと、私の運命を」 「どうして?」  使徒は初めて、雨の方を向いた。そして静かに見えない空を見上げた。 「私にはこの雨はずっと真っ黒に見えていた。次第に全てが暗くなっていくこの世界がたまらなく嫌だった。けれども私はもう、ここから出られない。私はその色をもう見なくていい。今はただ、音がするだけだ。それだけに救われている。君は後悔はしないかい?」  後悔。それはきっと巫子になったことについて。巫子は雨季の間ずっと、この神殿に閉じ込められる。けれども私はなりたくて来たわけではない。誰かに巫子に選ばれた。だからここにいる。 「私じゃなくても誰かが巫子になっていたでしょうから」 「それは……そうだね」  巫子は瞳が最も雨の色に近い人間が選ばれる。この国に降る雨はエメラルド色だ。それは雨の中に実りの祝福が含まれているかららしい。この雨は多くの恵みをもたらすと同時にその液体は体内で結晶化し、水晶体に集まり、瞳をエメラルド色に染める。それが私の目の奥でごろごろと音を立てる。これはおそらく体質の問題で、私が選ばれたことはどうしようもなかった。雨が私を選んだ。  使徒と同じように見上げた空から落ちる雨は、私には白く見えていた。まるで使徒のまとう衣のように。
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