存在しないはずの7回目

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存在しないはずの7回目

私が向かった場所は、普通の貴族令嬢ならば恐ろしいと近付かない場所であろう。 でも……恐らく彼はここにいるのだろう。 カードに記された場所へと来てみれば分かった。ここには女神に邪とされる神のシンボルがある。私と彼の、心の拠り所の神のシンボルだ。 それがループ前もここにあったかどうかは定かではないが、女神の勢力域であるこの王都の中に、このシンボルがあると言うことは、前回とは確実に違うことが起きているのだと分かった。 「あの」 貴族令嬢が訪れるには不釣り合いな場所。突如訪れた私に、警備の騎士たちは怪訝な表情を浮かべる。 「ここは、貴族のお嬢さんが来るような場所じゃないぞ」 そりゃぁそうだ。 「でも、捜したいひとがいるのよ」 「ここに()()されているやつか?貴族のお嬢さんが会いたがるようなやからがいるとは思えんが……面会は予約制だぞ」 「収監は……されていないと思うわ」 「はぁ……」 警備の騎士たちが首を傾げる。 「多分……ここに務めている騎士だと思うのだけど」 「花形とは程遠い……いや、縁も薄いここに、貴族のお嬢さんが訪ねたい騎士が?一体どんなやつだか。名前は」 「えっと……ルヴィウムってひとはいないかしら」 「ル……るヴィ、ウム?」 騎士が首を傾げる。うーん……この世界だと古風な名前だからかしら。騎士も言いにくいのかしらね。 珍しい名前のはずだから、いたらきっと分かると思ったのだが。 「あと外見も分かるわ。多分私よりも少し年齢が上で……」 彼は司祭だった。若い司祭だとは思っていたが、本当にそうなのだろうか……。今更ながら疑念が募る。 「黒髪に、金色の瞳をしていたわ」 黒髪に金色の瞳だなんて……金髪銀髪……あっても茶髪なこの世界では珍しく、様々な瞳のひとがいるとはいえ、金色の瞳も珍しい。 そんな見た目を持つ彼だ。もしここにいれば、彼らが知らぬわけがない。 「あいつか」 「ルディだ」 ルディ……それが彼のここでの名前か。 それとも愛称かしら。ルディなら今でも普通にある愛称だから、みんな呼びやすいのかもね。 「あいつに会いに来るだなんて……どんな関係だ?」 どんなって……うぅん……前回の生で、一緒に暮らした邪神教の司祭……いや処刑台に私を案内した男……そんなこと堂々と言うわけにもいかないわよね。 けれど何も理由がないと不審がられることこの上ない。 「彼とは運命的な出会いを果たした縁よ」 嘘は……嘘は言ってない! 「あいつが貴族のお嬢さんと……?」 「でも、顔はいいもんな」 確かに……顔はイケメンよね。そして上手く誤解してくれた護衛騎士に感謝する。 「中で待つか?監獄の来客室かどこかになるが」 そう……ここは監獄である。貴族用のものでもない、平民用の牢が並ぶ。私が今までの人生で入れられたのは、貴族出身だったからこそ、かろうじて貴族用のものだった。 「問題ないわ」 整備された監獄だろうと、荒れた監獄だろうと。ここでひよっていたら、先には進めない。彼にはきっと会えないと思うから。 「なら、入んな」 警備の騎士が手招きすれば、刑務官が私の元に来る。 「ルディに用とは、物好きなお嬢さんだ」 そう言ってにかりと嗤った刑務官の男は、昔ループの何処かで会ったことがあるような……? しかも彼と同じ珍しい黒い髪。瞳の色は違って、空のような水色である。 そして刑務官の雰囲気にどこか懐かしさを覚えた。 「おいで、案内しよう」 「お願いします」 刑務官に続いて監獄へと入った私は、その中の空間に違和感を覚える。 白く無機質な壁に囲まれた空間。 そこは何の装飾もない。こんな空間を、私は知っている。もちろん貴族用の牢ではない。 それは……懐かしさを感じるお方がいたところ。 「この監獄の様子はどうかな」 普通の貴族令嬢なら、この無機質な空間を退屈だの、殺風景だのと言うだろうか。 「そうね……整備されていそうな監獄ね」 無情なほどの、白、白、白。 「監獄なのに、檻はないの?」 「入口近くにはないよ。脱獄でもされたら大変だ」 それもそうか。 「詳しい間取りは教えられないけれど」 「別にそれで構わないわよ」 だれかを脱獄させようとか思っているわけじゃないんだし。 「こちらへどうぞ」 刑務官に案内された部屋は、椅子とテーブルが置かれたシンプルな部屋である。 「貴族のお嬢さんを歓迎できるような場所はなくてね」 「あなたに会えただけで充分よ」 「……」 そう伝えると刑務官は少し驚いたような表情をすると、優しく微笑んだ。 そして刑務官が退出すると、暫くしてやって来たのは、前回最期に出会ったあの青年。ルディであった。 「せっかくもう一度やり直せるチャンスをあげたのに、君は逃げなかったのか」 ルディがにこりと笑む。 もう一度……と言うことは、やはりルディも前回の記憶を持っているのだ。 「逃げたって、あの神が何処までも追ってくるもの」 「確かに……君は一度逃げたが、あれは執念深く【イベント】をこなそうとしたね」 彼はその時のことも知っている。 「あなたはどれくらいループしているの?」 「少なくともこのループが7回目だと言うことは知っている」 つまり、ルディは最初からの記憶がずっとある。攻略対象たちを着々と攻略し、ルートを埋めていったアンジュのように。そしてアンジュに付き従う神グイーダと同じく。 でも何よりもルディ、あなたは何者なの?どうして私を助けたの……? 正確には、私に7回目をくれたの……?7回目は恐らく、あのグイーダが予想もしていなかったこと。 「今回はね、君は逃げてもいいんだよ」 「だけど、それだと追ってくるんじゃ……」 「今回は追って来られない。嘘だと思うのなら、明日学園に行ってみるといい」 何かが今までとは違う……そう言うこと……? 「そうしたら、君は逃げようと思うはずだ」 「……たとえそうでも、逃げる場所なんて……また邪神さまの隠れ家にでも行こうかしら」 「……どうして、そこまで」 するとルディは神妙な面持ちでそう問うてくる。 「ほかに行く場所なんてないもの」 正確には、この世界には私の味方なんていない……あの神の言葉が脳裏にこびりつくように、私を臆病にする。ならば……私の居場所は、女神から邪だと追放された邪神さまを祀るあそこしかない。 「ねぇ、あなたにとっては、邪神さまはどういう存在なの?」 普通ならばこんな会話、許されるわけがない。一発で女神に対する背信者と見なされて神前裁判とは名ばかりの断頭台に処されるであろう。 だが、彼は……。 「……そうだね……あの方は……俺に取っては還しきれない恩があると思っている。この世界の神々をどんなに怨もうとも、あの方だけは……特別だ」 そこまでの恩とは……一体。しかしそれは私も同じである。 だから何となく分かる。彼が本当に、そう思っていることを。 「……分かった。明日、あなたの言う通り学園に行ってみるわ」 そしてダメだと思ったら、隠れ家に行こう。 「そう。俺がプレゼントした7回目を、じっくり味わってよ。そしてこれが本当に最後だから」 本当の、最後。 「それは……」 ルディが何かをしてくれたってことよね。 「正確には俺じゃない。ダメ元で漕ぎ着けたただ1度きりのレティシエラにハンデのないやり直しだ」 「ダメ元って……誰の……?」 「空の上の、一番偉い神さまだ」 一番って……女神じゃないの……? それより上だなんて聞いたこともないのだが、現に私は7回目を迎えている。 真偽は学園で確かめないといけないわね。 ※※※ ついに来てしまった学園への入学式の日。 「レティシエラ」 不意に私を呼ぶ声に驚き振り返る。 「今日は学園の入学式だったな」 「は、はい、お父さま」 お父さまが私に話し掛けるなんて……あれ、でも、確か1回目は……私が追放を告げられるまでは……会話はあった。私の味方でいてくれたんだ。 だけど回数を重ねるごとに、それはなくなっていく。 まるでアンジュのセーブデータが積み重なるように……。 まさかアンジュが攻略し、私が負けるごとに、私にどんどん不利になっていた……? 驚愕の事実に気が付きハッとする。 そして今回は、ルディの言った通りハンデなし。アンジュのセーブデータなしだとしたら……全てが元に戻っている。 いや……だけど神の問題が残っている。ルディは大丈夫だと言っていたけれど、不安は消えないのよね。 「気を付けて行って来なさい、レティシエラ」 「……はい、行ってきます、お父さま」 私は学園へと向かうため、馬車に乗り込んだ。
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