新たなゲームの始まり

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新たなゲームの始まり

寮の医務室で手当てを受ければ、受け終わるのをエドガー王太子が待っていてくれた。 「その、手に軽い擦り傷をした程度だったので、大丈夫でした」 そう言って絆創膏をした手を見せれば、エドガー王太子がその手を取り怪訝な表情を浮かべる。 「あの……」 「やはり王宮の治癒魔法使いに見せよう」 「それほどの怪我では……っ」 治癒魔法はあれど、稀少なので、これくらいの擦り傷ならば絆創膏で済ますのは普通だろうに。 まぁ、アンジュは聖魔法に目覚めれば自由自在に治癒魔法を使えたので、エドガー王太子たち攻略対象たちは使われ放題だったろうが、今回はどうも目覚めていないようだから、エドガー王太子たちも軽い擦り傷程度ならばこのように絆創膏で済ますだろうが。 「だが、君の美しい肌に傷がついたではないか」 「……これくらいすぐに治りますわ」 そうは言っても、今までと違いすぎて、何だか変な気分だ。今まではアンジュに突き飛ばされて擦り傷をを作っても、見て見ぬふり、当然だとでも言いたげだったと言うのに。 それは世界がリセットされたからに他ならないのだが。 それでも今まで受けた仕打ちは消えることはなく、こんなに優しいエドガー王太子についつい不安を覚えてしまう。 「だが……」 「いいから」 そう言ってエドガー王太子が私の手を引く。 どこへ……?向かう先は玄関ではない。私とエドガー王太子は高位貴族用の同じ寮である。未婚の令息令嬢だから部屋は男女で別れているが、医務室やリビングなど、共有スペースは共に過ごすこともできる。 しかし……向かった先は明らかに……女子用の区画ではない。ならばここは、男子用。その中でも一番大きな部屋に連れて来られれば、そこはエドガー王太子の部屋だと分かる。 「あの……さすがに、それは」 私たちは未婚なのだ。 「婚約者なのだ。構わないだろう」 「それは……」 「君がそんなに言うなら、王宮の治癒魔法使いを呼ぶのは諦めよう。ただ……君の心のケアのためにも、お茶くらいはご馳走してもいいだろうか」 「……はい」 そう言われてしまえば、断るのも……不敬よね。だが今までとは何もかも奇妙なほどに違う現実に、頭がくらくらしてきそうだ。 私は本当に、彼に付いていっていいのだろうか。そんな不安が脳裏をよぎる。 しかしせっかく敵意を向けてこないエドガー王太子相手に、むげに断ることもできなくて……。もう一度敵になるのが……恐い。しかし味方であることも、まるで脚が地に付いていないような奇妙や浮遊感をもたらすのだ。 エドガー王太子に案内されたソファに腰かければ、不意にエドガー王太子の顔が間近にあることに気が付き、ハッとしたのも束の間。 私はどうしてかソファの上でエドガー王太子に押し倒されていた。 ――――何、この状況。 わけの分からない状況に頭がパニックになりかけるが、次の瞬間、王太子の表情が変わる。私を怨んでいるわけでもなく、憎んでいるわけでもない。この表情はまるで……。 たとえようもない、狂気。 狂気に滲んだエドガー王太子の顔が、ニヤリと笑むのが分かった。騙……された……? 優しいエドガー王太子は、やっぱり嘘だったの?セーブデータはリセットされたんじゃ……。 「レティシエラ……君はバカなコだ。男の部屋の中にまんまと上がり込んでしまうだなんて……婚約者の私だから良かったんだよ……?」 いや、良くない……!エドガー王太子のその奇妙な笑みは、きっと安全ではないものだ。 「でも安心して、レティシエラ。あぁ、レティシエラ……やっと君を私だけのものにできる」 は……?エドガー王太子は何を言っているの……? 「早く……君を手に入れたかった」 いや……待って。違う。私が望んでいたことは、こんな展開じゃない。 アンジュに踊らされない、正常なあなたを望んでいた。しかしあなたは……こんなに歪んだひとだったのかしら。 「さぁ、君は私のものだと言う証を刻もうか」 王太子が私の胸元を掴む。 「……何を……っ」 「脅えることはないよ。さぁ、レティシエラ」 その名を呼ばれることが、気持ち悪い。 それは今までのループのせいじゃない。多分、今のあなたが……。 しかし、その時だった。 「……う……が……っ」 突如王太子が目を見開き、そのまま床に倒れ臥して動かなくなったのだ。 一体、どうして。その答えは、ソファの先から私をにこりと笑んで見つめるルディだろう。 「どうして、ルディがここに……」 騎士とはいえ、彼の所属は監獄である。そんな彼が何故、学園にいるのだ。護衛だとしても、王太子の護衛ならば近衛騎士のはずだ。 「ルディ……か、そう呼んでくれるのか」 「……ごめんなさい。刑務所でそう呼ばれていたから……嫌だった?」 「……別に構わない。現代ではその方が呼びやすいだろう?」 「それは……まぁ」 ルディに手を差し出され、ゆっくりとその手を取る。 「あの……ところで王太子の護衛は……」 「レティシエラに手を出すのに、連れてくるはずがない」 つまり人払いは済んでいたのだ。 「だからってどうしてルディがここに……」 学園にだってセキュリティはある。転移魔法と言う便利なものもあるだろうが、使えるものは少ないし、学園も対策はしているので、許可を得ないと学園内への転移、学園の中での転移はできないはずである。 「俺は何処にでもいるよ。レティシエラの側ならね」 私の……側……? しかし先日、どうやったのかひょっこりと監獄を行き来していたあの方を見たばかりでもある。 だからあり得ないわけてもないのだ。 だけどそれならば、ルディは()か同等の何かとならないだろうか。 しかし、今はまだ、それ以上のことを教えてくれるようにも思えない。 「ねぇ、エドガー王太子に何をしたの……?」 「何をって。婚約者と言う立場を使ってレティシエラに無理矢理迫ろうとしたんだよ……?当然じゃないか」 「当然って……相手は王太子よ……?そんなの許されるわけ……」 「関係ないさ。俺にとっては。邪魔なものは壊せばいいだけだ」 彼の言葉はまるでおどけたように軽快で、それはただそう言われるよりもずっと、恐ろしく感じる。 「エドガー王太子は……生きているのよね」 「そうだね、一応は」 一応はって言い方、何かしら。 「でも1度リセットしてもこれだからね。再起動してめ同じだと思うよ」 再起動って……まるで機械みたいに……。 「……これが、本来のエドガー王太子だったの……」 偏愛的にアンジュにのめり込んでいたと思ったが、しかし素の彼がまさか、こんなひとだったなんて。 「うーん……確かにリセットされて本来のエドガー王太子に戻ったはずだけど、全部が全部元通りと言うわけじゃない」 「どういうこと……?」 「彼はね、幼い頃は君の婚約者としてまぁまぁ献身的だったろう?」 「……それは、そうね」 幼いながら婚約者としての義務を果たしていたと思う。 「だから少なからず君には好意を抱いていた。けれど考えて見て。彼は自分の意思とは反して、シナリオに従いヒロインと強制的に恋愛をさせられ、ヒロインに好意を持つように、ずっとずっとカスタマイズされていたんだよ。それも1度目と5度目は本気で、他は寸止めで。本来はレティシエラを愛するはずが、無理矢理ほかの女に好意を向けさせられて本気の恋愛やら、寸止めの恋愛やら。何度も何度も強制された彼に何が起こったと思う?」 それは……強制的にやらされたことによる反動。例えば……。 「バグ……」 のような……。 「そうだね。今まで君を愛せなかった分、リセットされた彼にはバグが発生してしまった。それこそが君に対する猛烈な執着、狂愛、自身の精神をシナリオに乗っ取られる前に、君をその手に納めたい。彼にはループの記憶はないけれど、魂に刻まれた記録は消えない。だから彼の中ではそう言った歪んだ感情が育ったんだ」 「そんな……知っていたの……?」 「知っていた……と言うよりも、そう言ったバグが生じることは充分に考えられる。恐らくループを繰り返したこの世界のほかの住人たちも」 「でも、お父さまは普通だったわよ」 今朝は、何ループぶりかに一緒に朝食を食べ、普通にいってらっしゃいの声をかけてくれた。 「本当にそうかな……?」 どういうこと……? 「それじゃぁ、付いておいで。多分視られるはずだよ」 何が……見られるのだろうか。 しかし、この世界が幾度となくループしたことで生じたバグ……この目で、確かめないといけない気がするの。
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